Ramayana - Ayodhya Kanda
DutyRenunciationObedience to truth

Ayodhya Kanda — Book of Ayodhya (the royal capital and its crisis)

अयोध्याकाण्ड

『アヨーディヤー・カーンダ』(Ayodhyākāṇḍa)は、『ラーマーヤナ』における倫理と政治の決定的転回点である。ラーマ(Rāma)を王太子(yauvarājya)として灌頂するという公的な約束は、王のダルマ(rājadharma)、私的欲望、そして言葉と誓約の拘束力が衝突することで崩れ、森への流離(vanavāsa)へと転じる。冒頭の諸章は、会議、儀礼の準備、吉兆、都アヨーディヤーの祝祭装飾という理想化された都市と祭祀の気配を描きつつ、ラーマの徳—忍耐(kṣamā)、自制、感謝—を際立たせる。 物語は、マンタラー(Mantharā)がカイケーイー(Kaikeyī)を説き伏せ、ダシャラタ(Daśaratha)がかつて与えた二つの恩寵(boon)が発動されることで急転する。そこから悲劇の連鎖が生まれる。王は義と愛執の狭間で道徳的に立ち尽くし、ラーマは父命にためらいなく従い、シーター(Sītā)は夫と共に流離することを強く求めて貞婦の法(pativratā-dharma)と伴侶の倫理を語り、ラクシュマナ(Lakṣmaṇa)は燃える忠誠を示すが、ラーマの不殺生(ahiṃsā)と社会秩序への誓いによってその怒りは節度へと導かれる。 中盤は民衆の嘆きと不吉な兆しに彩られ、ついにアヨーディヤー出立、宮廷から荒野への移行へ至る。タマーサー川とガンガー(Gaṅgā)の岸、グハ(Guha)の歓待、バラドヴァージャ(Bharadvāja)のアーシュラマ(āśrama)を経て、チトラクータ(Citrakūṭa)に庵を結ぶ。同時に都では内的崩壊が進み、ダシャラタの悔恨、「śabdavedhin」の罪の告白と死、そして空位の不安の中でバラタ(Bharata)が召還される。 ケーカヤから帰還したバラタはカイケーイーを退け、ラーマを差し置いて王位を奪うことを拒むことで、正統性と離欲・放棄(tyāga)への省察をいっそう深める。南方系本文では、儀礼の細部、哀悼、道徳的内省を増補偈が拡張することが多く、本巻が王権におけるダルマの権威と代償を論じる叙事詩最大の教説として、二万四千偈から成るアーディ・カーヴィヤの骨格の中核をなすことを強く示している。

Sargas in Ayodhya Kanda

Sarga 1

गुणप्रशंसा–युवराजनिर्णयः (Praise of Rama’s Virtues and the Decision on the Heir-Apparent)

第一章では、バラタが弟シャトルグナを伴い、母方の叔父の家へ赴く。二人はそこで情愛深いもてなしを受けて滞在しつつも、老いた父王のことを絶えず思い起こしている。 物語は続いて、ラーマの徳の精緻な描写へと移る。挑発に動じぬ静けさ、恩を知る心、真実を守る誠、長老とブラーフマナへの敬意、慈悲、克己、正しい分別、そして学問・論議・武芸における円熟である。大地のような忍耐、ブリハスパティのような知恵、インドラのような威力という宇宙的譬えに支えられ、ラーマが民に愛され統治にふさわしい理想の公人として示される。 老いの自覚と不吉な兆しを感じたダシャラタは、重臣に諮り、ラーマをユヴァラージャ(皇太子)に定めることを決意する。さらに諸地方の王侯と有力市民を会議に招集し、デーヴァに囲まれたインドラの姿に喩えられる壮観の中で、戴冠の企てに向けた政治の舞台が整えられる。

50 verses | Daśaratha (interior reflection)

Sarga 2

यौवराज्य-प्रस्तावः (Proposal for Rāma’s Installation as Heir-Apparent)

王の大集会において、ダシャラタは全評議会を招集し、同盟の諸王に向かって深く響く威厳ある声で語りかける。彼はこの企てを国の安寧を第一とする治国の道として示し、祖先の法に従って慎み深く統治してきたが、老いの疲れとダルマの重荷を覚えるゆえ、政務を長子ラーマに託して自らは憩いを得たいと述べる。さらに、ラーマが受け継ぐ徳を讃え、プシュヤ(Puṣya)の吉時にユヴァラージャ(yauvarājya)—皇太子としての任命—を行うことを提案する。 彼は同意を求め、国のためにより良い策があるなら異なる進言も受け入れるとして、熟議を促す。集まった諸王と民衆は歓呼で応え、宮殿はこだまする喜びに満ちる。ブラーフマナたち、名望ある市民、町や村の人々は協議して満場一致に至り、即時の戴冠を強く願い出る。 そしてラーマの徳目を詳しく列挙する。真実を守ること、自制、慈悲、言葉の節度、武勇と技量、臣民への配慮、そして普く治める器量である。章は、国と世界の福祉のため、ダシャラタが速やかにラーマを立てるよう求める共同の請願で結ばれる。

53 verses

Sarga 3

यौवराज्याभिषेक-उपकल्पनम् (Preparations for Rama’s Installation as Yuvaraja)

このサルガでは、民衆が合掌してダシャラタ王に拝し、ラーマをユヴァラージャ(皇太子)として灌頂し立てるよう願い出る。王は愛情深く益ある言葉でこれに応え、婆羅門たちの前でヴァシシュタとヴァーマデーヴァに儀礼と諸準備の整備を命じ、チャイトラ月の清浄なる吉祥を示して「ラーマのユヴァラージャ就任のため、すべてを整えよ」と勅命を布告する。 ヴァシシュタは大臣たちに、聖火の場へ黄金・宝玉・薬草・白き花鬘・ラージャ(炒米)・蜜・ギー・衣を備え、さらに戦車・武器・四部軍・瑞相ある象、チャーマラ、旗幡と天蓋、黄金の壺、金角の牡牛、虎皮などを取り揃えるよう指示する。城門の香木と薫香による荘厳、二度生まれ(ドヴィジャ)への供食と布施、吉祥の唱和と招待・座の設え、王道の散水、幟の懸け渡し、音楽舞踊と随従の配置、神殿とチャイティヤでの別々の供え、武人の武装入場が整えられ、灌頂が公的・宗教的・行政的に調和して進むさまが示される。 準備が終わると、ヴァシシュタとヴァーマデーヴァは王に「成りました」と奏上する。ついでスーマントラがラーマを迎え、諸国の王たちはインドラに仕えるがごとくダシャラタを敬う。ラーマの来臨は容姿と徳の描写をもって語られ、王は子を抱きしめ座を与え、プシュヤの吉時にユヴァラージャの授与を告げて王者の教えを授ける—感官の制御、欲と怒りの放棄、臣下と民の歓心、庫蔵と武庫の充実、友誼の涵養などである。 最後に、ラーマの友らがこの吉報をカウサリヤーに伝え、彼女は使者を贈り物で厚くもてなす。ラーマは王に礼拝して自邸へ戻り、都の人々は神々への礼拝を行う。

49 verses

Sarga 4

अयोध्याकाण्डे चतुर्थः सर्गः — Rāma Summoned; Pushya Coronation Decision

市民が退いた後、ダシャラタは大臣たちと再び評議を開き、国家の決断を定める。すなわち、ラーマをユヴァラージャ(皇太子)として直ちに立て、吉祥なるプシュヤ宿(Pushya nakṣatra)に合わせて灌頂・即位の儀を行うというのである。彼はスーマントラを遣わしてラーマを召すが、度重なる召喚はラーマの胸に不安を生じさせ、宮廷の事の重大さと、内廷の移ろいやすさを示す。 密会において、ダシャラタは慈愛をもってラーマを迎え、理由を語る。人生の目的と祭祀の務めはすでに果たし、残る唯一の責務はラーマの聖別(灌頂)である、と。民衆の望み(prakṛti-icchā)がラーマの治世を求めることを挙げ、さらに急を要する徴として、凶夢と、太陽・火星・ラーフという強いグラハ(惑星的影響)による自身の本命星の障りを述べ、王に迫る危難を示唆する。民意、吉時、そして不吉な兆しが重なったゆえに、心が揺らぐ前に、また不安定な事態が起こる前に、急ぎ冠礼を行うべきだとする。 ダシャラタは準備のヴラタとして、断食、ダルバ草に臥すこと、友人たちの警護と覚醒を命じ、バラタ不在を好機と見なしつつも、人の心の移ろいを戒める。退出を許されたラーマは直ちにカウサリヤーに告げ、彼女がジャナールダナ/ヴィシュヌへの信仰のうちに、プラーナーヤーマと瞑想を行っている姿が描かれる。喜びの祝福が続き、ラーマは来たる王の幸をラクシュマナにも分かち、兄弟の共治と内なる結束を強調し、のちにシーターを伴って戻る。

45 verses

Sarga 5

अभिषेकोपवास-आदेशः (Coronation Preparations and the Fast Enjoined)

第5章は、ラーマの予定された yauvarājya-abhiṣeka(皇太子としての灌頂・即位儀礼)に先立つ手順と祭式の次第を述べる。ダシャラタ王はラーマに近い戴冠を告げたのち、王家の祭司(purohita)ヴァシシュタを召し、ラーマとシーターに upavāsa(斎戒・断食)を、マントラの唱誦とともに行わせよと命じる。それは繁栄を招き、正統性を確かなものとするための聖なる遵行であった。 ヴァシシュタはバラモンにふさわしい車に乗ってラーマの邸へ赴き、正式な敬礼をもって迎えられる。彼は、王が黎明にラーマを灌頂しようとする慈愛の意を伝え、その事をナフシャ(Nahuṣa)がヤヤーティ(Yayāti)を戴冠した故事になぞらえる。ラーマは謙虚に受命し、ヴァシシュタは儀礼として斎戒を開始させて退出する。 やがて描写は都へ広がる。アヨーディヤーの街路は洗い清められ、旗幡が掲げられ、王道は好奇の市民で埋め尽くされ、そのざわめきは海の響きにたとえられる。群衆の中をヴァシシュタが宮殿へ戻り、王に任務完了を告げると、廷臣たちは敬って起立する。師の許しを得たダシャラタ王は会議を解き、内奥の御殿へ入るが、その姿は星々の中の月のように輝くと描かれ、式前夜の張りつめた気配が際立つ。

26 verses

Sarga 6

रामाभिषेकपूर्वसज्जा — Preparations for Rama’s Coronation

第6章は二つの焦点をもって描かれる。(一)ラーマの内なる儀礼の精進、(二)迫り来るユヴァラージャービシェーカ(皇太子灌頂)に向けたアヨーディヤーの公的な総動員である。ヴァシシュタが去ると、ラーマは沐浴し、ナーラーヤナに近づいて、作法どおり酥油の火供(ājya-homa)を修する。ついで残りの供物(havis)を受け、沈黙を守ってヴィシュヌの吉祥なる聖所にて観想し、シーターとともにクシャ草の上に憩う。 夜の最後の刻に起き上がり、住まいを余すところなく飾るよう命じ、暁の勤行を行い、バラモンたちの浄化の真言を聴く。プニヤーハ(puṇyāha)の吉祥宣言は、都に鳴り渡る喇叭の音と交じり合う。 夜明けとともに市民は装飾を始め、寺院、辻、通り、楼閣、市場、家々、集会堂に幡や旗を掲げる。歌い手や芸人が音の景を活気づけ、大人も子どもも戴冠の話に花を咲かせる。大路には花が撒かれ、香が焚かれ、夜に及んでも光が絶えぬよう灯樹が整えられる。 四方の村々から人々が見物に集まり、アヨーディヤーは海の轟きのような喧騒に満ちる。広場や殿舎では、徳に満ち学識深く驕りなきラーマを護りの王として立てるという、ダシャラタの決断を人々が称える。

28 verses | Ayodhya citizens (collective voice)

Sarga 7

मन्थराप्रवेशः — Manthara Observes Ayodhya and Incites Kaikeyi

第7章は、公の祝賀から私的な策動へと転じる決定的な場面を描く。カイケーイーに長く仕える家僕マンタラーは、月光に照らされた宮殿にふと登り、盛大な王家の儀礼に備えるアヨーディヤーを見渡す。道は清めの水を撒かれ、花が散らされ、旗が掲げられ、寺院にはヴェーダの誦唱と楽器の音が響き、人々は歓喜している。 彼女が近くの侍女(dhātrī)に理由を問うと、侍女は喜びに満ちて告げる。ダシャラタ王は翌日、プシュヤ星宿(Puṣya nakṣatra)のもと、無瑕のラーマをユヴァラージャ(皇太子)として灌頂し、立太子させるのだという。この知らせにマンタラーは激怒し、カイラーサに似た宮殿から降りて、安らかに横たわるカイケーイーに迫る。 マンタラーは強圧的な言葉で、迫る危難を説き、幸運の不安定さを語り、国政の欺きまで糾弾して、カイケーイーを落胆へ導き、戴冠を彼女(そしてバラタ)の破滅として描き替える。カイケーイーは最初こそ案じるが、ラーマの灌頂と聞くや喜び、さらには「吉報」への褒美としてマンタラーに飾りを与える。ここに、当初カイケーイーがラーマとバラタの間に競争心を抱いていなかったことが示される。本章の主題は、vāk(言葉)の力である。公に行われるダルマの儀礼でさえ、密やかな説得と恐れに基づく物語の支配によって覆され得る。

36 verses

Sarga 8

मन्थराकैकेयीसंवादः — Mantharā’s Counsel to Kaikeyī (Ayodhyā’s Succession Alarm)

第8章では、マンタラーが緻密な言葉で説き伏せ、間近に迫るラーマのユヴァラージャ・アビシェーカ(王太子灌頂)を、カイケーイーとバラタにとっての存亡の危機として描き替える。冒頭、彼女は宮廷の礼と互恵をあからさまに断ち、贈られた装身具を投げ捨てて、懐柔を拒み、計略的な諫言を開始する。 マンタラーは、カイケーイーの喜びは見当違いだと責め、「悲しみの大海」という譬えを繰り返して、祝賀を喪失の前兆へと転じさせる。さらに政治的主張として、王位継承はラーマに集中し、やがてラーマの子へと移ってバラタは排除されること、王権の分有は政務上不可能であることを説く。 切迫感を高めるため、彼女はカイケーイーがカウサリヤーに隷属し、バラタは権利を奪われ、追放され、あるいはそれ以上の災いに遭うと予告する。また、近さと派閥が守りと危険を決めるとして、ラクシュマナはラーマ側、シャトルグナはバラタ側に付くと示す。カイケーイーは当初、ラーマの徳—ダルマに通じ、自制し、恩を知り、真実を語る—を讃えて警告を受け入れないが、マンタラーはさらに鋭い恥辱の予見で脅しを重ねる。この章は、感情がいかに政策へと武器化され、後の恩寵要求と灌頂計画の覆しへ道を整えるかを示している。

39 verses

Sarga 9

मन्थराप्रेरणा—वरद्वय-स्मरणं च (Manthara’s Provocation and the Recalling of Two Boons)

第九章では、言葉の流れが決定的に転じる。マンタラーのほのめかしを受け入れかけていたカイケーイーは、やがて怒りに燃え、ただちにラーマを森へ追放し、バラタを王位に就けると固く決意する。 マンタラーは過去を実行の梃子として組み替え、デーヴァとアスラの戦いを語り起こす。ダシャラタがインドラを助けた折、カイケーイーは二度にわたり王を守り、その報いとして王は彼女に、後日請い受けられる二つの恩寵(boon)を与えたという。そこで助言は手順となる。カイケーイーはクローダーガーラ(憤怒の間)に入り、飾りを捨て、裸の地に横たわり、王を見もせず語りもせず、二つの恩寵を求めよ――(1) バラタのアビシェーカ(灌頂・即位)と、(2) ラーマの十四年の森への追放である。 本章はまた、カイケーイーがマンタラーを戦略的かつ過度に讃えるさま、華麗な容姿描写、そして māyā(人を惑わす策謀)の比喩を記し、説得が anartha(害ある企て)を artha-rūpa(益ある目的の姿)へと変貌させることを示す。こうして宮廷における影響の機構――記憶、約束、感情の演出、そして王の言葉の拘束力――が描き出される。

66 verses

Sarga 10

क्रोधागारप्रवेशः — Entry into the Chamber of Wrath (Kaikeyī’s Protest)

第10章は、ラーマのアビシェーカ(abhiṣeka)を目前にして、心と儀礼の秩序がただちに裂けてゆくさまを描く。マンタラーの歪んだ煽動を受けたカイケーイーは策を定め、飾りと花鬘を捨て、怒りの間クローダーガーラ(krōdhāgāra)の床に身を横たえる。彼女は、キンナリー、断たれた蔓、墜ちたアプサラスに喩えられ、哀れみと同時に、法(ダルマ)に背く不協和が刻まれる。 戴冠を命じ、すでに世に知れ渡ったと聞いたダシャラタは、豪奢に飾られたカイケーイーの奥の間へ入る。そこは鳥の声、音楽、園や東屋、象牙・金・銀の調度、供えられた食物など、宮廷美の長い列挙で彩られる。だが寝台に彼女はおらず、門番は王妃が怒りの間へ走ったと告げる。親しみと安堵を求める王の胸は、いよいよ乱れる。 王は不相応な姿で伏すカイケーイーを見つけ、撫でさすり、呪いか侮辱かと問いただす。医師、賞罰、さらには広大な王権さえ差し出して恐れを除こうとする。終わりに、王の従順さを確かめたカイケーイーは、「不快な」願いを口にし圧力を強める支度をし、儀礼の歓びを、讒言と誓願と欲望に駆動されるダルマの危機へと転じさせる。

40 verses | Daśaratha, Kaikeyī, Mantharā (reported counsel)

Sarga 11

कैकेयीवरप्रार्थना — Kaikeyi Demands the Two Boons

第11章では、カイケーイーは、欲情に呑まれたダシャラタを見て、まず明確な誓約を言葉として引き出す。王は幾度も、ラーマの命とその価値をも証として誓い、カイケーイーの望みを必ず叶えると約束する。 カイケーイーはさらに、太陽・月・方角・諸惑星・ガンダルヴァ・ラークシャサ・家の神々、そして一切の存在を証人として呼び、私的な約束をほとんど公的な盟約へと変える。彼女は、かつての神々と阿修羅の戦いの折に王を守り、二つの恩寵を「預け置き」として授かったことを想起し、今こそそれを請い受けると言う。 求める恩寵は二つである。(1) ラーマの灌頂のために整えられた同じ資具をもって、バラタを王位に就けること。(2) ラーマを十四年、ダンダカ―ラニヤの森へ送り、樹皮と鹿皮をまとい、結髪の苦行者として住まわせること。カイケーイーはこれを王の真実(satya)と王統護持の試金石とし、ダシャラタは自らの誓いに縛られて、己が張った罠に踏み入れた者のように描かれる。

29 verses

Sarga 12

द्वादशः सर्गः — Kaikeyi’s Boons and Dasaratha’s Moral Collapse (Ayodhya Kanda 12)

本章は、ダシャラタ王がカイケーイーの「恐るべき言葉」――ラーマの森への追放と、バラタの即位――を聞いた直後に生じる、心と倫理(ダルマ)の断裂を描く。王はそれが夢か幻かと思うほどの不信と、悲嘆、憤りの間を揺れ動き、その姿は牝虎の前の鹿、あるいはマントラにより封じられた蛇に譬えられる。彼はラーマの公に知られた徳――真実を守ること、施し、柔らかな言葉、長老への奉仕――を挙げ、イークシュヴァーク族の道徳秩序を破る要求だと訴える。 これに対しカイケーイーは、王の約束の法として「授けた恩寵は必ず実行されねばならず、さもなくば王のダルマの名声が崩れる」と迫る。誓いを守った王たちの先例を引き、さらに自害も辞さぬと脅して念を押す。ダシャラタはやがて、民の非難と正統性の危機、家族――カウサリヤー、スミトラー、シーター――の破滅を思い、ついにはカイケーイーの足もとにすがって哀願する。章末、王は身体も力尽きて倒れ、熟慮から、悲劇に押し流される不可逆の行為へと移る転機が示される。

114 verses

Sarga 13

अयोध्याकाण्डे त्रयोदशः सर्गः | Kaikeyi Presses the Boons; Dasaratha’s Lament and Collapse

第十三章では、宮廷の争いが私的な破局へといよいよ深まる。ダシャラタ王は地に伏し、屈辱に不慣れな姿をさらし、功徳を尽くして天界から墜ちたヤヤーティ王に譬えられる—それは王の道徳的・心理的な没落を示す象徴である。カイケーイーは当面の目的を遂げるや、約束された二つの恩寵を繰り返し迫り、外には恐れを装いながら、内には固い決意を秘めている。 ダシャラタは悲憤のうちに、ラーマの徳—美しさ、力、学識、自制、忍耐と赦し—を挙げて擁護し、幸福にふさわしい者をなぜダンダカの森へ追放できるのかと問いただす。彼はカイケーイーの意図を残酷と断じ、悪名と恥辱を招くと予見する。 時の移ろいもまた物語の装置となる。日が沈み夜が来ても、嘆きの王にはいっそう闇が深い。彼は夜に、暁を連れて来ないでほしい、あるいは早く過ぎ去ってカイケーイーを見ずに済ませてほしいと懇願する。さらに合掌して宥め、ラーマが「彼女を通して」王国を受けることを許し、名声を約束すると請うが、カイケーイーは動かない。重なる衝撃と悲しみに耐えきれず、ダシャラタは気を失って倒れ、恐るべき夜は荒い溜息のうちに過ぎる。常ならば讃歌の者が王を起こす習わしさえ止められ、王権の常道と秩序が崩れてゆくことが示される。

26 verses | Daśaratha, Kaikeyī

Sarga 14

सत्यपाशः — Kaikeyi’s Demand and the Noose of the King’s Promise

第14章では、戴冠の危機が、カイケーイーとダシャラタの緊密に組み立てられた対話によっていっそう深まる。それはダルマに縛られた契約のごとく描かれる。カイケーイーは、気を失い悲嘆に身をよじる王に向かい、約束された恩寵の成就を断固として迫り、もし反故にするなら自害すると脅す(2.14.10)。ダシャラタは、バリがインドラの縄に絡め取られたように(2.14.11)、誓約の道義と悲しみによって身心を揺さぶられ、逃れ難い束縛の中に置かれる。 王は厳しい拒絶の言葉を返し、自らの死の儀礼を先取りして語り、ラーマの灌頂戴冠(abhiṣeka)を妨げるなら、カイケーイーとその子は水供養の儀(salila-kriyā)を行うべきではないと警告する(2.14.14–17)。その一方で夜明けが訪れ、戴冠の儀式は進行する。ヴァシシュタが諸々の儀具を携えて宮中に入り、アヨーディヤーは祝祭の装いとして、道は洗い清められ、花輪で飾られ、白檀と香の薫りに満ちる(2.14.25–30)。 内奥の惨事を知らぬスーマントラは、朝の慣用の呼びかけで王を讃えるが、それがかえってダシャラタの悲嘆を再燃させる(2.14.58–59)。そこでカイケーイーはスーマントラにラーマを召すよう命じ、王はただ喜びの期待で疲れて眠っているのだと装い、物語をラーマが要求と正式に対面する段へと進めていく。

68 verses

Sarga 15

अभिषेकसज्जा तथा सुमन्त्रस्य प्रेषणम् (Coronation Preparations and Sumantra’s Commission)

第十五章は、ラーマのユヴァラージャ(皇太子)灌頂(yuvarājābhiṣeka)に向けた、物資と都城の整えが万全であることを記す。ヴェーダに通じたブラーフマナと王家の祭司たちは徹夜で斎場に集い、宰相たち、軍の将、ギルドの長らも喜びをもって参集する。吉時は、ラーマの生来の星宿に合うよう、プシュヤ(Puṣya)にして蟹宮のラグナ(Karkaṭaka lagna)と定められる。 儀礼と王権の品々が列挙される。ガンガーとヤムナーの合流点の聖水をはじめ、諸河川・湖・井戸・海の水、蓮華を飾った金銀の器、蜂蜜・凝乳・ギー・乳・ダルバ草(darbha)・花々。さらに、ヤクの尾の払子、月のように白い天蓋、淡色の牡牛と馬、王の乗御に備えた威容ある象、そして宝飾の八人の乙女、楽人、讃歌を唱える者たちも整えられる。 しかし日が昇っても、集まった重臣たちはダシャラタ王の姿を見ない。スーマントラは奥殿に入り、王統を讃え、勝利を神々に祈り、王に起きて拝謁を賜るよう促す。目覚めていながら心乱れたダシャラタは、カイケーイーの「ラーマを呼べ」という命がなぜ果たされぬのかを問い、改めてスーマントラに迎えを命じる。 スーマントラは幟の立つ街路を進み、人々の灌頂の語らいを耳にしつつ、宝玉のごとき描写で飾られるラーマの宮殿へ至る。そこは贈り物を携えた町人や村人で溢れ、ついに彼はラーマの私室へと入ってゆく。

49 verses | Sumantra, King Dasaratha

Sarga 16

सुमन्त्रदर्शनम् तथा रामस्य राजदर्शनाय प्रस्थानम् (Sumantra Meets Rama; Rama Departs to See the King)

このサルガでは、スーマントラが人々で賑わう後宮の門を越え、静かな一室へと入る。内廷は槍と弓を携えた若き武人たちにより怠りなく守られており、門口には赭衣をまとった年長の監督役が立つ。スーマントラが謹んで来訪を告げると、彼らはただちにラーマへ取り次ぐ。 スーマントラは、黄金の寝台に座し、至高の白檀を塗られて、ヴァイシュラヴァナ(クベーラ)のごとく輝くラーマを拝する。傍らには扇を手にしたシーターが立ち、その姿は「彩りある月」のようにラーマをいよいよ美しく見せる。礼拝ののち、スーマントラはダシャラタ王の言葉を伝える――カイケーイーとともに、王はラーマに速やかに会いたい、遅れてはならぬ、と。 ラーマは喜び、これはアビシェーカ(灌頂・即位)の相談に関わることだろうと推し量り、シーターに語る。シーターは吉祥を言祝ぎ、方角を司る神々に守護を祈り、またディークシャの誓戒のしるしとして鹿皮や鹿角などを示唆する。 やがてラーマはスーマントラとともに出立し、門前で合掌して控えるラクシュマナを見て同行させる。戦車の発進は都の祭りのように描かれ、楽の音と讃歌、群衆のどよめき、花の雨、市民の称賛が満ちる。大路は馬・象・車で埋まり、車の轟きは雷のごとく、宝玉と黄金の飾りがきらめく。本章は灌頂への希望が公に響き渡るさま、そしてラーマの徳と威光を確立する。

48 verses

Sarga 17

रामस्य राजमार्गगमनम् (Rama’s Progress along the Royal Highway)

第17章は、市井の壮観を描く。ラーマは戦車に乗ってアヨーディヤーの王道を進み、喜びに満ちた供の者たちに囲まれ、民衆は彼を一目見ようと密集して集う。都と王の大路は儀礼の装いで飾られ、旗幟と小旗、香とアガル(沈香)、白檀と諸香の山、絹布、真珠や水晶の品、花々、食の供物が並び、街路はまるで神々の道のごとき聖なる通路となる。 市民は、玉座に坐し公の場を進むラーマを拝するだけで、身体の欲求さえ超えると語り、王権を道徳と美の理想として仰ぐ。ラーマは祝福と讃嘆を耳にしつつも、心は静まり内に執着せず、身分に応じて人々を敬いながら進み続ける。 本文は、彼のダルマと慈悲が放つ倫理的な引力ゆえに、人々が目も心も離せないこと、またあらゆるヴァルナ(varṇa)と年齢に等しく注がれる偏りなき憐れみを強調する。儀礼的な右繞の作法に従い、聖なる辻や寺院への道、記念物と祠を右に保って進み、雲やカイラーサ山の峰、淡い天の車に喩えられる楼塔をもつ王宮に至る。守衛の庭を渡り、従者を退け、父王の近くの私室へ入ると、外で待つ群衆は、海が月の出を待つように、再び姿を現す時を待ち望む。

22 verses | Ayodhya citizens (collective voice), Rama (non-discursive presence; receives blessings)

Sarga 18

अष्टादशः सर्गः — Kaikeyī Discloses the Boons: Exile to Daṇḍaka and Bharata’s Consecration

ラーマは奥の間に入り、吉祥の寝台に横たわるダシャラタ王を見た。王は青ざめ、憔悴し、傍らにはカイケーイーが座している。ラーマがまず父王に、次いでカイケーイーに礼拝すると、王は目を合わせることも言葉を継ぐこともできず、ただ「ラーマ」と呼ぶのみで、涙にむせび、息も荒かった。 ラーマは筋道立てて問いただす。自分が知らぬ間に不敬を犯したのか、王は身心に病苦があるのか、バラタやシャトルグナ、あるいは王妃たちに不幸が起きたのか、またカイケーイーが苛烈な言葉で王の心を揺さぶったのか、と。カイケーイーは沈黙を「愛する子に辛い真実を告げることへの恐れ」と言い換え、かつて二つの恩寵として与えられた約束を、ラーマに果たせと迫る。 ラーマは揺るぎない服従を誓い、父王が師であり恩人である以上、命じられれば火に入り、毒を飲み、水に沈むことさえ辞さぬと言って、王命を聞かせてほしいと願う。そこでカイケーイーは二つの願いを明言する――バラタの灌頂・即位、そしてラーマは予定されたアビシェーカを退き、ジャターとアジナを身に着けた苦行者として、ダンダカの森へ十四年の追放に赴くこと。章は、辛辣な言葉にも動じぬラーマの静けさと、子に降りかかる災厄に打ちのめされるダシャラタの激しい苦悩を対照し、真実・誓願・王位継承をめぐるダルマの危機を鮮明にする。

41 verses

Sarga 19

एकोनविंशः सर्गः (Sarga 19): Rāma’s Unshaken Acceptance of Exile and Kaikeyī’s Urgency

このサルガでは、内宮(antaḥpura)における凝縮された対話が描かれる。ラーマはカイケーイーの要求――「死のごとき」言葉――を受けても、少しも動揺を見せない。ダシャラタの沈黙の理由を確かめたうえで、王の誓いを守るため、樹皮の衣をまとい、髪を結い固めて森に住むことを明言する。父の言葉に従うことこそ最高のダルマであり、富には無関心で、ただ正法に生きる聖仙のようだと語る。 ただちに政務の手配も進む。使者が母方の叔父の家へ遣わされ、バラタを呼び戻すよう命じられる。ラーマの出立を確信したカイケーイーは急がせ、さらにダシャラタの断食を圧力として持ち出す――ラーマが去るまで、王は沐浴も食事もしないという。ダシャラタは悲嘆に崩れ落ち、ラーマは父を抱き起こし、父とカイケーイーの周りを恭しく右繞してから退出する。 物語は、月のように輝きを失わぬラーマの不動の平静を強調し、友に凶報を隠す慎みも語る。彼は王のしるし(天蓋、扇、車)を退け、感官を制し、母の居所へ入って運命の転変を告げる。ラクシュマナは涙と憤りを抱いて後に従う。

39 verses | Rāma, Kaikeyī

Sarga 20

अयोध्याकाण्डे विंशः सर्गः — Rama Enters Kauśalyā’s Antaḥpura; Ritual Preparations and the Shock of Exile

第20章は、ラーマが公の通路から内廷(アンタḥプラ)という私的な聖域へと進む転換を描く。合掌して立ち去るラーマに呼応して内廷の悲嘆は高まり、王妃たちは泣き叫んで王を責め、すでに憂いに沈むダシャラタはその嘆き声を聞いて内より崩れ落ちる。ラーマは自制を保ちながらも重荷を負い、ラクシュマナとともに幾重もの中庭を進む。勝利の歓呼に迎えられ、王に敬われる博識の老ブラーフマナたちを目にし、女・長老・子どもからなる用心深い門衛を通り過ぎる。 女たちは急いでカウサリヤーに到着を告げる。カウサリヤーは暁の戒律に身を置き、白絹をまとい、誓願を立て、火供と灌奠を行って、わが子の安泰を祈っている。供物として、凝乳、アクシャタ(欠けぬ米粒)、ギー、菓子、供献、花鬘、パーヤサ、クリサラ、サミド(供柴)、満たされた水瓶などが列挙され、家庭の中の神聖さが際立つ。 母子は抱擁と祝福で再会し、カウサリヤーは間近の灌頂を待ち望む。だがラーマは敬虔な慎みをもって、事態の逆転を告げる。バラタがユヴァラージャ(副王位)を受け、ラーマは十四年、ダンダカの森(ダṇḍakāraṇya)へ追放され、森の糧で清貧に生きねばならないというのだ。告白はカウサリヤーを打ち砕き、彼女は気を失い、妃たちからの辱めへの恐れ、子なき生への絶望、苦行の空しさを嘆き続ける。ラーマは母を抱き起こして慰め、儀礼の希望と倫理的破局との緊張が章の核として保たれる。

55 verses | Kauśalyā, Rāma

Sarga 21

अयोध्याकाण्डे एकविंशः सर्गः — Lakṣmaṇa’s militant counsel and Rāma’s dharma-based persuasion of Kausalyā

アヨーディヤー・カाण्ड第21章は、ラーマの森への追放をめぐって、アヨーディヤーに多声的な倫理の論争が起こるさまを描く。冒頭、カウサリヤーの嘆きを見て胸を痛めたラクシュマナは、「時にかなう」としつつも武断的な進言をする。すなわち、ただちに権威を掌握し、抵抗があればアヨーディヤーを空にすると脅し、さらにカイケーイーの影響でダシャラタが「敵」となるなら、幽閉や殺害さえ口にする。 続いてカウサリヤーはラーマに直訴し、カイケーイーの不義の要求を退け、母に仕えることこそダルマであるとして留まるよう促し、去れば霊的破滅に至ると戒める。これに対しラーマは、誓願を守る厳正な教えをもって答える。父の命に背くことはできないとし、カンドゥ、サガラの子ら、ジャーマダグニヤ・ラーマとレーヌカーの例を挙げ、祖先以来の服従の先例を示す。 ラーマはまた、ラクシュマナのクシャトリヤ的な暴発を抑え、カウサリヤーに許しと祝福を求めてスヴァスティヤナの吉祥儀礼を願う。追放の期限を果たしたのち必ず帰還すると誓い、それをヤヤーティが天界を取り戻した譬えになぞらえる。こうして本章は、悲嘆や怒り、政治的便宜に勝って、ダルマに根ざす真実と義務の序列が最上であることを明らかにする。

63 verses | Lakṣmaṇa, Kausalyā, Rāma

Sarga 22

अभिषेक-निवृत्ति-उपदेशः (Withdrawal of the Coronation: Rama’s Counsel to Lakshmana)

第22章は、戴冠(アビシェーカ)が妨げられた後、怒りに燃えるラクシュマナを、ラーマが沈着に制する場面を中心に描く。ラクシュマナは「王のコブラのように嘶き」、憤怒で目を見開くが、ラーマは感情の奔流を抑え、dhairya(忍耐・不動心)を説き、ただちに為すべき務めとして、さらなる混乱を招かぬようabhiṣekaの準備を静かに撤収するよう命じる。 ラーマは、準備を続ければダシャラタの心痛をいっそう深めるだけだと述べる。王は、satya(真実の誓い)が果たされぬことによる道義の破れを恐れているからである。さらに、カイケーイーの苛烈な言葉と固い決意はdaiva/kṛtānta(宿命)の働きによるものとして、非難や報復を戒める。運命の圧力は、聖賢でさえ揺るがし得る、とラーマは語る。 こうして王権の儀礼具—聖水の壺—は、林住の修行への備えへと意味を転じる。ラーマは、dharmaにかなうなら森の生活は王位よりも栄え得ると示し、本章はrājyadharma(統治の義務)からtapodharma(誓願の修行)への移行を描きつつ、家族の不殺と都の秩序を守り抜く。

30 verses | Rama

Sarga 23

लक्ष्मणक्रोधः—दैवपुरुषकारविवादः (Lakshmana’s Wrath and the Debate on Destiny vs Human Effort)

第23章は、ラクシュマナとラーマのあいだに展開する、緊密で鋭い倫理的対決を描く。ラーマが語るあいだ、ラクシュマナは内に悲しみと喜びの間を揺れ動かし、やがて怒りを外に噴き出す。蛇のように嘶き、獅子のような面貌を示し、ラーマ以外を灌頂して王位に就けることの正当性を断じて認めず、戴冠の覆しを社会秩序に反する忌むべきこととして糾弾する。 彼は「天命」(daiva)への依拠を無力だと攻撃し、人の勇武と努力(puruṣakāra)が運命を「押し返す」ことができると主張する。ラーマの即位を妨げるものは必ず打ち破ると繰り返し誓い、護世者(lokapāla)や三界が立ちはだかっても足りないと言い切る。言葉はさらに昂り、武器と戦場の結末を列挙して苛烈な報復をほのめかし、最後には全面の奉仕を申し出る――ラーマが敵を名指しし命じさえすればよい、と。 ラーマは彼を慰め、涙をぬぐい、父の言葉に従うことこそ「正しき道」(satpatha)であると改めて確言する。こうして本章は、服従と自制、そしてダルマにおける一貫性へと焦点を戻す。

41 verses

Sarga 24

कौशल्यारामसंवादः — Kausalya–Rama Dialogue on Exile-Dharma

第24章は、ダシャラタの命を果たすというラーマの揺るぎない決意を母カウサリヤーが悟った後に交わされる、親密なダルマの対話を描く。カウサリヤーは、王宮の安楽に慣れたラーマが森の粗食で生きられるはずがないと嘆き、別離の悲しみを火に喩える。すなわち、離別は「ショーカ―グニ(śokāgni)」—嘆きに養われ、ため息に煽られ、涙を供物として受ける憂いの火—を燃え上がらせるという。 彼女は子に従う母牛のように同行を強く求め、さらに共妻たちの中に残るくらいなら「野の雌鹿」のように森へ連れて行ってほしいと懇願する。これに対しラーマは、カイケーイーがすでに王を欺いたこと、もしカウサリヤーまでダシャラタを見捨てれば老王は耐えられぬこと、そして妻が夫を離れるのはダルマにおいて非難されることを、筋道立てて説く。母には、平静に王に仕え、悲嘆で王を滅ぼさぬよう努め、家の務めと祭儀—火供養とバラモンへの敬意—を守り、十四年後の帰還を規律ある希望のうちに待つよう諭す。 決意を覆せぬと知ったカウサリヤーは同意し、無事の帰還を祝福する。さらに彼のために護りと安寧を祈る儀礼を整え、抗議から、儀礼に裏打ちされた支えへと心を移していく。

38 verses

Sarga 25

कौशल्याया मङ्गलविधानम् — Kausalya’s Benedictions and Protective Rites for Rama

第25章は、儀礼に整えられた別れを描く。カウサリヤーは悲しみを抑え、アーチャマナ(ācamana)を行って、ラーマの森への旅立ちのために吉祥の作法(maṅgala-kriyā)を始める。彼女は段を重ねて守護を祈り、抽象の護り手(Smṛti・Dhṛti・Dharma)、神々(Skanda、Soma、Bṛhaspati、Varuṇa、Sūrya、Kubera、Yama)、聖仙(七仙SaptarṣiとNārada)、方位の守護者、さらに宇宙を支えるもの—山・海・川、星辰と惑星、昼夜、暁と黄昏、季節、月、年、ムフールタ(muhūrta)の区分—にまで及ぶ。 また森の危難—羅刹(Rākṣasa)、毘舎遮(Piśāca)、肉食の者、昆虫、爬虫類、猛獣—を挙げ、いかなるものもラーマを害さぬよう願う。花鬘と香で神々を供養し、婆羅門(brāhmaṇa)により聖火を整えさせ、供物を捧げ、白い花鬘と白芥子を用意し、スヴァスティヤーヤナ(svastyayana)の祝福誦を依頼する。 彼女はダクシナー(dakṣiṇā)を施し、吉祥の譬えとして、インドラのヴリトラ討伐、ガルダのアムリタ(amṛta)求取、ヴィシュヌの三歩を語る。ラーマに白檀を塗り、供物の余福をその頭上に置き、薬草ヴィシャリヤカラニー(Viśalyakaraṇī)を護符(rakṣā)として結び付ける。胸中は痛みながらも喜ぶかのように言葉をかけ、幾度も抱きしめ、敬って周りを巡り、ラーマは母の足に触れて礼を尽くしたのち、シーターの住まいへ向かう。

47 verses | Kausalya, Rama

Sarga 26

अयोध्याकाण्डे षड्विंशः सर्गः — Rama’s Departure and Sita’s Questions; Disclosure of Exile and Counsel on Courtly Conduct

この章では、儀礼の確かさから倫理的衝撃へと場面が移る。カウシャリヤーが吉祥の祝祷であるスヴァスティヤーヤナ(svastyayana)を修めたのち、ラーマは礼拝して、なおダルマの道に堅く立ちながら、森への流罪へと歩み出す。王都の大路を群衆の中進むと、人々は彼のグナ(guṇa、徳・資質)に心を揺さぶられる。 邸内では、来たるべき灌頂(abhiṣeka)を期して家内の礼拝と苦行を終えたシーターが、ラーマの顔色の変化と悲しみを見て取る。彼女は鋭く問い重ねる――傘蓋、扇、讃歌の者、吉祥の歓呼、蜜と凝乳の灑水、重臣、商工組合の長、儀礼の車、先導の象、黄金の玉座がなぜ見えないのか、すなわち即位の徴がなぜ失われたのか、と。 ラーマは流罪の因を明かす。ダシャラタがかつてカイケーイーに与えた恩許、その履行を彼女が灌頂準備の最中に迫ったこと、ダンダカに十四年住むとの勅命、そしてバラタをユヴァラージャ(皇太子)に立てること。さらにシーターへ実際的かつ道義的に諭す――バラタの前で自分を讃えず、特別扱いを求めず、和やかな振る舞いを保つこと。ダシャラタと諸母后を敬い、とりわけ悲嘆に沈むカウシャリヤーをいたわり、バラタとシャトルグナを親族として慈しむこと。王を不快にさせてはならない、君主は忠勤を賞し、害となる者はたとえ身内でも退け得るからだ、と。 章末でラーマは、言葉と行いにおいて人を傷つけぬよう堅く保ち、シーターがアヨーディヤーに留まることを願い、自らは森へと旅立つ。

39 verses | Sita (Vaidehi, Janaki), Rama (Raghunandana, Raghava)

Sarga 27

सीताया वनगमननिश्चयः (Sita’s Resolve to Accompany Rama to the Forest)

第27章は、ラーマ(Rāma)が彼女の正当な同行の権利を退けるかのように語ったのを受け、シーター(Sītā)がなおも粘り強く返答する場面を記す。彼女は、妻こそが夫の運命(bhartṛ-bhāgya)を共に担い、夫はこの世と来世における女性の変わらぬ依りどころであると説く。また自分は両親からダルマ(dharma)を教えられており、行いについてこれ以上の戒めは不要だと断言する。 シーターは、困難で人影のない森へラーマに先んじて入り、彼の道を楽にするため棘さえ踏み砕くと誓う。果実と根を糧に節度ある生活を守り、決して重荷にはならないと約束する。章は法理めいた論から情の誓願へと移り、ラーマとの別離は耐え難く—彼のいない天界さえ拒む—一方で森の暮らしは、川や山、蓮の池、獣たちの中での喜ばしい伴侶の時として描かれる。 結びでは、彼女の訴えにもかかわらずラーマはなお逡巡し、思いとどまらせるため森住まいの苦難を語り始め、次の論争へとつながっていく。

30 verses | Sita (Vaidehi), Rama (Raghava)

Sarga 28

सीतानिवर्तनप्रयत्नः — Rama’s Attempt to Dissuade Sita from Forest Exile

第28章では、シーターの嘆願に対し、ラーマが説得の言葉をもって応じ、当初は彼女を森の追放に伴わせることを拒む。法を知り法を愛する者(dharmajña・dharmavatsala)として、彼は荒林住まい(araṇyavāsa)の具体的な苦難を省み、その拒絶は見捨てるためではなく、守るための慎重さであると示す。そしてシーターにはアヨーディヤーに留まり、自らの務め(svadharma)を守るよう諭し、その従順こそが自分の心の安らぎになると言う。 続いてラーマは、森の災いを証拠の列挙として語る。滝の轟きや獅子の咆哮など恐ろしい自然の音、荒ぶる獣、鰐の潜む泥濘の川、棘多く水に乏しい道、葉を敷いた寝床での清貧な眠り、落ちた果実に頼る生活と断食、樹皮の衣と乱れ絡む髪。さらに、神々・祖霊・客人への祭祀の義務、日に三度の沐浴、自ら摘んだ花によるヴェーダの供物、食の乏しさ、闇と風、飢え、爬虫と蛇、刺し噛む虫を挙げる。 結論として、森は「bahudoṣatara」—欠点があまりに多く、シーターにふさわしくない—と断ずる。章末は、シーターが従わず、悲しみに満ちた返答をするところで閉じ、次の展開での反論へと移っていく。

26 verses | Rama, Sita

Sarga 29

सीताया वनगमननिश्चयः — Sita’s Resolve to Accompany Rama to the Forest

第29章は、ラーマの告知と、森への同行を暗に退ける姿勢に対して、シーターが長く説得を重ねる章である。彼女は悲嘆と涙をもって語り始め、森の生活の「過失」(doṣa)とされるものを、夫婦が愛と信義を分かち合うならば徳となり得るものとして言い換える。 シーターは複数の規範に基づいて論じる。第一に、年長者の命と夫婦の不可分—夫から離れることは死に等しい。第二に、ラーマの傍らこそが自らの護りであり、たとえ神々に類する脅威があっても恐れない。第三に、聖聞(śruti)に裏づけられた死後に及ぶ婚姻の継続—儀礼の水によって授けられた妻は、死を越えても夫に属するというヴェーダの伝承を引く。第四に、予言された宿命—かつて婆羅門と女の托鉢者が、彼女が森に住むと告げたことを、すでに定まった運命として受け入れる。 そして彼女は、拒まれるなら毒・火・水によって命を絶つという最後通牒で訴えを強める。自制を保つラーマは、荒涼たる森へ彼女を連れて行くことに同意せず、幾度も慰めて思いとどまらせようとするが、シーターの悲しみは溢れる涙の鮮烈な描写によって示される。南方系統の本文では、要点を強めるために詩節の反復(とくに2.29.3–4および2.29.17–18付近)が見られる。

24 verses | Sita, Rama

Sarga 30

सीताया वनानुगमननिश्चयः — Sita’s Resolve to Accompany Rama to the Forest

第30章は、慰めと反論の形をとる夫婦のダルマ論争を描く。ラーマはまず、森への流謫にシーターが同行することを思いとどまらせようとするが、シーターは力強く答える。夫への唯一の献身を宣言し、別離は耐え難いと退け、森の苦難さえ彼と共にあれば安らぎとなると語る――塵は白檀の香のごとく、草は柔らかな寝床のごとく、摘み取った果実は甘露のごとく。さらに言葉は峻烈となり、捨て置かれるくらいなら、あるいはアヨーディヤーで敵対する力に屈するくらいなら、死を選ぶとまで言い切る。 やがて章は転じ、ラーマは彼女を抱いて安心させる。自らの行いは孝と父命の神聖さに基づくと述べ、父母とグル(師)は目に見える神であり、奉仕こそ最上の功徳をもたらすと説く。シーターをサハダルマチャーリニー(共にダルマを歩む伴侶)として受け入れ、実際の準備を命じる――宝飾、衣、寝台、車などの財を従者とバラモンに施し、托鉢の修行者にも食を施すこと。結びでは、シーターが喜んで従い、感情の応酬は儀礼化された離欲と、流謫への倫理的な備えへと昇華される。

47 verses | Sita (Maithili, Janakatmaja), Rama (Raghava)

Sarga 31

लक्ष्मणस्य वनानुगमन-प्रतिज्ञा तथा आयुध-संग्रहः (Lakshmana’s Vow to Follow Rama and the Retrieval of Divine Weapons)

本章は、ラーマの森への追放を前に、ダルマの優先をめぐって緊密に論じ合う対話として描かれる。先に到着したラクシュマナは、ラーマとシーターの語らいを聞き、悲嘆に沈んでラーマの御足にすがり、いかなる時も随行すると固く誓う。 ラーマは実際的な倫理から諭す。ラクシュマナが同行すれば、カウサリヤーとスミトラーを誰が守り、誰が奉仕するのか。ダシャラタが情欲に縛られ、カイケーイーが勢いを得たことで宮廷は脆くなっている。ラーマは師長・年長への奉仕(gurupūjā/vṛddha-sevā)を比類なき徳と称え、母君たちの守護者として都に留まるよう求める。 ラクシュマナは理をもって答える。バラタはラーマのテージャスを認め、カウサリヤーとスミトラーを必ず敬う。さらにカウサリヤーには自立の扶持(千の村)があり、物質的にも安泰である。自分のダルマはラーマに従うことで損なわれず、森では武装して先導し、根や果実を集め、昼夜の警護を担うと申し出る。 ラーマは満足し、議論から準備へ移る。ラクシュマナは友に別れを告げ、ヴァシシュタの邸に安置され礼拝されている、ヴァルナより授かった神聖な武具一式—弓、鎧、尽きぬ矢を収めた矢筒、金で飾られた剣—を受け取り、速やかに戻るよう命じる。章末ではラクシュマナが任を果たし、続いてラーマが、出立前にスヤジュニャ(ヴァシシュタの子)と諸バラモンを招いて儀礼を行い、布施を施すよう指示し、ダーナと正しいアーチャーラを追放の旅程に織り込む。

35 verses

Sarga 32

द्वात्रिंशस्सर्गः — Gifts to Suyajna and the Brahmins; Trijata’s Petition and Rama’s Charity

第32章は、ラーマが流罪に赴く前に財を分かち与え、儀礼としてダルマを体現するさまを描く。吉祥なる命を受けたラクシュマナは、ヴェーダに通暁する婆羅門スヤジュナの家へ赴いて招き、ラーマの邸へ導く。ラーマとシーターは深い敬意をもって迎え、周回して礼拝し、彼を聖火のごとく遇する。シーターは自らの装身具と家財の貴重品をスヤジュナの家に正式に捧げ、ラーマはさらに象を含む大いなる贈り物を加える。 続いてラーマは、アガスティヤやカウシカといった高徳の婆羅門、カウサリヤに仕えるタイッティリーヤ系の師たち、御者チトララタのような長年の家臣、そしてヴェーダ学徒の集団(カタ—カラーパ、メーカリンの梵行者)を厚く敬い施すようラクシュマナに命じる。牛、宝石を満載した車、牡牛、衣、戦車、従者などが定められ、ラクシュマナは「クベーラのごとく」財を分配する。 またラーマは、帰還まで宮殿を守護させ、扶養される者や貧しき者のために蔵を開かせる。物語の結びは、困窮する婆羅門トリジャータ(ガールギャ)である。妻に促され助けを求めに来た彼に、ラーマは戯れに杖を投げさせて牛の施与の範囲を定めさせ、のちに慰めて、己の財は婆羅門のためにあると明かし、布施を成就する。かくして婆羅門も、家臣も、貧者も、乞う者も、誰一人として満たされぬ者が残らない。

46 verses | Rama, Lakshmana, Sita, Suyajna, Trijata (Gargya)

Sarga 33

त्रयस्त्रिंशः सर्गः — Civic Lament and Rama’s Dutiful Approach to Daśaratha

この章では、ラーマとラクシュマナはシーターを伴い、ブラーフマナたちに施しと供養を行ってからダシャラタ王に謁見しに向かう。追放は、礼法にかなった儀礼性と社会的義務のうちに引き受けられる行いとして描かれる。シーターは兄弟の武器に花輪を掛け、家庭的でありながら聖なる所作によって、武器を征服のためではなくダルマと責務のための道具として新たに意味づける。 通りは群衆で塞がれ、人々は屋根に上って、王家の作法が逆転する不穏な光景――ラーマが徒歩で、王の傘もなく進む姿――を目にする。彼らは嘆きつつ批判する。追放を口にするとは王は「憑かれている」に違いない、王が愛する子を、まして徳行によって「世界を征した」ラーマを追いやるべきではない、と。さらに民はラーマの六徳(ṣaḍguṇa)――不害、慈悲、学識、善行、節制、自制――を挙げ、彼をダルマの精髄、人類の「根」と称し、社会をその枝葉と果実にたとえる。 悲しみは、旱魃の水の生き物や根元から断たれた木といった自然の比喩となり、忠誠は家を捨てて森へラーマに従う覚悟へと高まる。都市と森とが道徳の地理として入れ替わるかのようにさえ語られる。ラーマはその声を聞きながらも揺るがず宮殿に入り、意気消沈したスーマントラを見て、王に到着を告げるよう命じ、沈着に義務の道を貫く。

31 verses | Ayodhya citizens (collective voice), Rama

Sarga 34

रामदर्शनार्थं दारानयनम् — The Queens Summoned; Rama’s Leave-Taking and Dasaratha’s Collapse

このサルガは、厳格に整えられた宮廷の段取りが、やがて意識の危機へと転じるさまを描く。ラーマはスーマントラに、自分の到着をダシャラタ王へ告げるよう命じる。入ったスーマントラが見た王は悲嘆により衰え、日蝕の太陽、灰に覆われた火、干上がった池に喩えられてその凋落が示される。王命により王妃たちが召され、カウサリヤーは大勢の従者に囲まれて到来し、宮中の総悲哀を映し出す。 王妃たちが揃うと、ダシャラタはラーマを呼び入れる。合掌して近づくラーマを見た王は立ち上がり駆け寄るが、届く前に気絶して倒れ、宮殿は女たちの嘆きと装身具の鳴る音に満ちて大禍の徴となる。ラーマ、ラクシュマナ、シーターは王を寝台に移し、意識を取り戻した王に、ラーマはダンダカ林へ赴く許しと、ラクシュマナとシーターの同行の許可を正式に願い出る。 しかし「真実の紐」に縛られ、さらにカイケーイーに迫られるダシャラタは、誓いを逃れるためラーマが王位を奪うよう提案する。ラーマはこれを退け、サティヤ(真実)を改めて掲げ、王国と享楽を捨て、授けられた恩寵は完全に果たされねばならず、国はバラタに与えられるべきだと主張する。ダシャラタは祝福と懇願の間で揺れ、せめて一夜の猶予を乞う。 ラーマは、父は神々にとっても神聖であり、自らの決意は変わらず、十四年の後に必ず帰還すると告げる。結びに、ダシャラタは再び悲嘆に呑まれてラーマを抱きしめたまま失神し、(カイケーイーを除く)王妃たちもスーマントラさえも、遍く響く慟哭の中で倒れてゆく。

61 verses | Rama, Sumantra, Dasaratha

Sarga 35

सुमन्त्रस्य कैकेयी-निन्दा (Sumantra’s Reproof of Kaikeyi in the Royal Assembly)

第35章では、スーマントラが王宮の評議の場で激しい情をもって進み出る。彼はダシャラタの真意を読み取り、ラーマ追放を譲らぬカイケーイーに正面から諫言する。章の冒頭には、怒りと悲嘆の身体的徴—首を振り、幾度も嘆息し、拳を握り、歯ぎしりする—が描かれ、続いて「言葉の矢」「雷霆のごとき言説」にたとえられる痛烈な非難が重ねられる。 スーマントラは、カイケーイーが望むならバラタが統治してもよい、しかしそのとき国人と徳ある者—バラモンやサードゥ—は彼女を見限り、ラーマを森へ追いやればparivāda(世間の非難)が広がる、と説く。さらに、マンゴーの木を切ってニンバを植える、乳を注いでも甘くならず、ニンバから蜜は流れない、という譬えで、受け継がれた気質を戒め、礼の境界を踏み越えること(amaryādā)を警告する。加えて、カイケーイーの父が動物の声を理解する恩寵を得たという由来譚を挿み、王妃の頑迷さとその帰結を照らし出す。 やがて彼は勧めへと転じ、王の言葉を受け、夫の願いを守り、長子で寛大、技に秀で、義務に篤く民を護るラーマを即位させよ、と諭す。そうすればダシャラタは古来の慣例に従い、のちに退いて安息できるからである。章末では、カイケーイーが外面はなお動じず、ダルマの危機における説得の限界が示される。

37 verses | Sumantra

Sarga 36

अयोध्याकाण्डे षट्त्रिंशः सर्गः — Daśaratha’s orders for Rama’s escort; Kaikeyi’s fear; the Asamañjasa precedent

第36章は、戴冠の危機をいっそう激化させ、手続きとダルマ(法)の両面からの対決へと押し上げる。ダシャラタは「誓約に苦しめられ」涙しつつ、幾度もスーマントラに呼びかけ、ラーマの森への旅支度を細かく命じる。四部から成る軍勢に財宝、従者、車、武器を備え、森の案内人と狩人を付け、さらに穀倉と国庫の資までも随行させよというのである。 ところが王の言葉のさなか、カイケーイーは恐れに襲われ声を詰まらせ、民と繁栄を失った王国をバラタは受け入れないと主張する。ダシャラタがその残酷さを責めると、彼女は王統の先例として、サガラ王が長子アサマンジャサを退けたことを引き合いに出して迫る。 老臣シッダールタはこれに反駁し、アサマンジャサが市民の子らに加えた罪を語り、カイケーイーにラーマの真の過失を挙げよと迫る。もし罪なき者を追放するなら、それはインドラの光輝さえ焼くアダルマである、と。章末、ダシャラタはカイケーイーの「卑しき道」を悲嘆のうちに叱責し、王国と富を捨ててラーマに従うと宣言する。そしてカイケーイーには、バラタとともに統治を「楽しめ」と言い残すが、その言葉は道徳的な皮肉と絶望の重みを帯びている。

35 verses | Daśaratha, Kaikeyī, Siddhārtha (mahāmātra), Citizens of Ayodhyā (nagarāḥ/prakṛtayaḥ)

Sarga 37

अयोध्याकाण्डे सर्गः ३७ — चीरधारणं, सीतासंकल्पः, वसिष्ठोपदेशः (Bark-Robe Episode and Vasistha’s Admonition)

第37章では、樹皮衣(チーラ)を身にまとう儀礼的な行為によって、追放が王宮の栄華から苦行の規律へと目に見える形で転じる。大臣たちの進言を聞いたラーマは、洗練された謙譲(ヴィナヤ)をもってダシャラタに語り、快楽と執着をすでに捨てたゆえ随従や軍勢の誇示は不要であり、森の生活に必要な最小限の道具だけを求めると明らかにする。 カイケーイーは人前でも恥じることなく樹皮衣を取り出し、着用を命じる。ラーマとラクシュマナは上等の衣を脱ぎ、修行者の装いとなる。なお絹をまとっていたシーターは樹皮衣にたじろぎ、カイケーイーからクシャ草の繊維の衣を渡される。涙し恥じ入りながら着ようとするが不慣れで、森の聖仙たちはどのようにそれを着るのかと問う。そこでラーマ自らが彼女の絹の上に樹皮衣を結び留め、宮廷の女たちは泣き叫び、シーターに森の苦難を強いるなと嘆願する。 嘆きが続く中、ヴァシシュタが介入し、礼を越えた振る舞いと欺きゆえにカイケーイーを叱責する。シーターは同行する必要はなく、むしろラーマの王座にふさわしいとさえ述べ、もしシーターを無理に行かせれば都と国土はラーマに従って去り、カイケーイーは空の国を治めることになると警告する。しかし師の権威ある諭しにもかかわらず、シーターの決意は揺るがず、愛する夫に仕えることを選び、夫婦の連帯というダルマと自ら選び取る苦行の徳を際立たせる。

37 verses

Sarga 38

अयोध्याकाण्डे अष्टत्रिंशः सर्गः — Sita in Bark Garments; Public Outcry and Dasaratha’s Lament

この章は、追放の瞬間を民衆の目撃と父王の崩折によって描く。樹皮衣をまとったシーターを見た都の人々は、夫に「守られている」はずの妃がかくも苦行の装いであることに耐えられず、ダシャラタを責めて叫ぶ。宮中の私的な決定は、共同体の道義による公然たる糾弾へと変わり、その騒然は王の心の拠り所を揺さぶり、生命と正しさ(ダルマ)への信を砕く。 ダシャラタはカイケーイーに向かい、倫理の理を重ねて訴える。ジャナカの娘シーターは誰にも害をなしておらず、苦行者の衣を着せられるべきではない。もしラーマに従うなら、飾りと必要な品々を携えさせよ――かつての誓いと、いま加えられる残酷とは別である、と。彼はシーターの罪を問い、ラーマ追放に加えてさらに「重い罪」を積み増すことを非難し、悲嘆に圧されて地に倒れる。 出立しようとするラーマは振り返り、父に諭す。年老いて高貴であり、王を責めもしないカウサリヤーを敬い、いたわり、別離に耐えさせよ。そうして彼女が子を失う悲しみに呑まれぬように、と。かくして本章は、民の倫理的判断、誓願と慈悲の間にある王のダルマ、そして見捨てられた者を守れという子の教えを並び立てる。

16 verses | Daśaratha, Rāma

Sarga 39

एकोनचत्वारिंशः सर्गः — Dasaratha’s Lament, Sumantra’s Commission, and Sita’s Vow of Marital Dharma

第39章では、苦行者の装いで現れたラーマを見て、ダシャラタ王と王妃たちは悲嘆のあまり崩れ落ちる。王は打ちひしがれ、ラーマの眼差しを受け止めることも返答することもできない。やがてわずかに正気を取り戻すと、業(カルマ)の因果と、カイケーイーの策謀が生んだ苦しみを嘆き、スーマントラに命じて、最良の馬を備えた旅支度の戦車を整え、ラーマを都の境界の外まで護送させる。 物語は宮廷の手続きへ移り、王は蔵官を召して、森での期間に備えシーターに必要な資財を与えさせる。装身具と衣が運ばれ、シーターは輝くばかりに飾られ、暁のように宮殿を照らすと描かれる。 続いてカウシャリヤーとシーターの要の対話が語られる。カウシャリヤーは夫婦の貞節という正統のダルマを説き、夫が不運にあるときに見捨ててはならぬと諭す。合掌して答えるシーターは、移ろいやすい振る舞いと同列に置くことを退け、夫こそが女性のダイヴァタム(守護神)であると誓う。ラーマはカウシャリヤーを慰め、流罪は十四年という定めの期間に限られると告げ、無意識の厳しさがあったならと諸王妃に許しを請う。音楽に満ちていた宮殿は一転して嘆きの声に包まれ、アヨーディヤーは戴冠の期待から儀礼的な喪へと移ってゆく。

41 verses | Daśaratha, Sumantra, Kauśalyā, Sītā, Rāma

Sarga 40

प्रयाणवर्णनम् (Departure from Ayodhya; Civic Lament and the Chariot’s Urgency)

第40章は、出立の儀礼と胸を裂く情のうねりを描く。ラーマ、シーター、ラクシュマナは合掌して王の御足に触れ、王の周りを巡って、悲嘆の中に厳粛な別れの作法を尽くす。ついでラーマはカウシャリヤーに拝礼し、ラクシュマナもまたカウシャリヤーと母スミトラーに敬意を捧げる。スミトラーの諭しは、森の生活を王家のダルマの継続として位置づける――ラクシュマナはラーマを父(ダシャラタ)として、シーターを母として仰ぎ、森をアヨーディヤーと思って生きよ、という流謫のための倫理の骨組みである。 スーマントラは宮廷の臣として謙りつつ、ラーマに戦車へ乗るよう促し、十四年の期限はすでに数え始められたと告げる。ダシャラタは衣服や装身具に加え、武器と護身の具を取りそろえて戦車に収める。戦車が動き出すと、アヨーディヤーの民は押し寄せて後を追い、車の側面にすがりつき、ラーマの御顔を見続けたいと、ゆるやかな進行を嘆願する。鈴の音、馬のいななき、象の響きが、都全体の悲痛を刻む。 ダシャラタは、満月がラーフに覆われるように心を失い、ついに崩れ落ちる。民は叫び、カウシャリヤーは戦車を追って走る。両親の苦しみを見ていられぬラーマは幾度も振り返りながらも、御者に速く進めと命じる。「留まれ」という王命と「行け」というラーマの命の狭間で、スーマントラはラーマに従い、のちに咎められると「聞こえなかった」と答える――苦痛を引き延ばすことはダルマに照らして責められるべきだとされるからである。章末では、大臣たちが王に、帰還を願う者をあまり遠くまで追うべきではないと諫め、ダシャラタは汗にまみれ、悲嘆に沈みつつ、去りゆく子を見つめ続ける。

51 verses | Rama, Sumantra, Sumitra, Citizens of Ayodhya, Dasaratha, Ministers (Amatyas)

Sarga 41

अयोध्यायाः शोकप्रकम्पः (Ayodhya’s Tremor of Grief and Omens)

第41章は、ラーマの出立がただちに都と宇宙に及ぼす震動を描く。合掌して恭しく宮殿を出るラーマに続き、奥御殿からは嘆きの叫びが噴き上がる。すでに別離の苦に焼かれていたダシャラタ王はその号泣を聞き、いよいよ深い悲嘆へ沈む。 嘆きは宮中の内からアヨーディヤー全体へ広がる。アグニホートラの祭火は起こされず、家々の炊事は止み、日々の務めは崩れ落ちる。象は餌を落とし、牛は子に乳を与えぬなど、獣たちの振る舞いにも憂いが現れ、人々の絆も緩み、心はただラーマにのみ向けられる。 さらに凶兆が重ねて示される。星は輝きを失い、惑星は暗み、ヴィシャーカー(Viśākhā)は煙に覆われたように見え、荒ぶるグラハが月の近くに群がり、方角は闇に包まれる。結びに、アヨーディヤーはインドラを失った大地のように「揺れ動く」と語られ、正しき守護者の不在が生む政治的・神学的空白と、ダルマの乱れが宇宙的に刻印される。

21 verses | Daśaratha (reactive presence; grief focalization)

Sarga 42

द्विचत्वारिंशः सर्गः — दशरथस्य शोक-विलापः तथा कौशल्यागृह-प्रवेशः (Dasaratha’s Lament and Return to Kausalya’s Apartments)

この章は、ラーマ出立直後の余波を描く。ダシャラタ王は遠ざかる車に視線を据え、砂塵の雲が見えるかぎり目をそらせず、やがて塵さえ消えると悲嘆のあまり地に崩れ落ちる。カウサリヤーは塵にまみれた王を抱き起こし、宮殿へと連れ戻す。王の悔恨は法と宗教の譬えによっていよいよ燃え上がり、婆羅門殺しの罪を負う者のように、また火に触れた者のように灼かれ、顔の光は日蝕の太陽のごとく失われる。 彼は、残るのは蹄の跡ばかりでラーマの姿は見えぬと嘆き、かつて白檀の香と柔らかな座に慣れた王子が、今は木の根元で眠り、木や石を枕とするさまを思い描く。さらに森に不慣れなシーターが、獣の咆哮に怯えるであろうことにも心を痛める。道義の断絶として、彼はカイケーイーを退け、触れられることさえ拒み、夫婦の絆すら否定し、バラタの葬送供養に関して苦い願いを口にする。 市民に囲まれて、彼は不吉なほど静まり返ったアヨーディヤーへ入り、ラーマ、シーター、ラクシュマナを失った空虚な宮殿へと戻る。声を詰まらせ、唯一の慰めであるカウサリヤーのもとへ連れて行くよう侍者に命じる。真夜中、死のような夜に、なお視線がラーマを追っていてカウサリヤーさえはっきり見えぬと告白し、彼女は傍らに座してため息と嘆きに沈む。

35 verses

Sarga 43

कौशल्याविलापः — Kausalya’s Lament and the Vision of Rama’s Return

第43章では、深い悲嘆に沈むカウサリヤーが、身も心も疲れ果てて横たわるダシャラタに訴える。彼女はカイケーイーの振る舞いを蛇の譬えで読み解き、曲がりくねる歩み、放たれた毒、家の内に潜む敵の危険として語り、政治的な不正をダルマへの道徳的・象徴的脅威へと転じて示す。 やがて非難は不安な予見へ移り、ラーマ、シーター、ラクシュマナが不慣れな苦難を負って森へ入り、王宮の安楽を失い、木の実と根を糧として生きねばならぬ姿を思い描く。続いて章は「いつ……?」の反復に支えられ、待ち望む帰還の幻を映す。旗幟高くアヨーディヤーは歓喜し、人々は王道に炒り穀を撒いて吉祥を祈り、兄弟は武器を帯び、瑞相の飾りをまとって入城する。 母の渇望は、ラーマが幼子のように戯れつつ帰って来ることへの望みに至り、今の絶望と鋭く対照される。最後に彼女は業の自責を口にし、前世に牛と子牛を害した罪ゆえの報いだと嘆き、ただ一人の子を見ずしては命も保ちがたいと結ぶ。悲しみは燃え尽くす火であり、夏の日が大地を灼くように心身を焼くのである。

21 verses

Sarga 44

सुमित्रोपदेशः — Sumitra’s Consolation to Kausalya

第44章では、ラーマが森への流罪に旅立ったのち、悲嘆に沈むカウサリヤーに対し、王妃スミトラーが慰めの言葉を語る。スミトラーは、嘆きは不要であると説き、ラーマがダルマに堅く住し、ダシャラタの真実の誓いを守って行動していること、また賢者の実践する正しい行いは来世においても果報(pretya-phala)をもたらすことを強調する。 彼女は重ねて確信を与える。高貴なるラクシュマナが武備を整えて随伴し、ラーマを守ること、そしてシーターもまた自ら望んで苦難を共にすること。さらに、そよ風・月・太陽といった自然そのものがラーマに寄り添い護るかのような宇宙的な比喩を示す。 続いてスミトラーは、ラーマの無敵と正当性を語る。ヴィシュヴァーミトラから授かった神聖な武器、矢の届く範囲で敵を滅する力、そして必ず帰還して戴冠するという確実さである。彼女は再会の光景—ラーマがカウサリヤーの足もとに礼拝し、悲しみの涙が歓喜の涙へと変わる—を繰り返し描き、ついにカウサリヤーの憂いは、秋の薄雲が散るようにたちまち消え去る。

31 verses

Sarga 45

अयोध्यावासिजनानुरागः — The People and Brahmins Follow Rama toward Exile

第45章は、ラーマが森への流刑に旅立つときの、民衆と祭祀共同体の反応を描く。アヨーディヤーの人々は篤い帰依を失わず、王の一行や友人たちが力ずくで帰そうとしても、なお戦車を追い続ける。ラーマは父のような慈しみをもって語りかけ、忠誠をバラタへ向け、王命に従うよう諭す。都の安寧を保つこともまたダルマの一部であると示すのである。 しかし、ラーマの揺るがぬ正しさゆえにこそ、民の「ラーマこそ王であってほしい」という思いはいっそう強まる。智慧と年齢と霊力において長老と称される老ブラーフマナたちは遠くから嘆き、馬にさえ引き返すよう懇願する。清らかな決意を備えた主君は、森へではなく都へ運ばれるべきだというのだ。憐れみに動かされたラーマは戦車を降り、シーターとラクシュマナとともに徒歩で進み、ブラーフマナたちを置き去りにしない。 さらに彼らは、聖火を肩に担いだブラーフマナの全秩序がラーマに従っていると告げ、ヴァージャペーヤ祭で得た傘蓋で日陰を差し出し、決意は変わらないと言い切る――もしラーマがダルマを顧みないなら、正しき道に何が残るのか。未完の祭祀と、樹木や鳥に至るまで万物の敬愛を挙げて帰還を請う。タマーサー川は象徴的に彼を引き留めるかのように現れ、スーマントラはその岸辺で馬をいたわり、都と森の境にある一時の停滞が刻まれる。

33 verses | Rama, Brahmins (Dvijas)

Sarga 46

तमसातीरवासः — Night on the Bank of the Tamasa and the Stratagem to Elude the Citizens

第46章は、流謫の第一夜を、都の空間から森の荒野へと移るための、規律ある周到な転換として描く。ラーマはタマーサー河の美しい岸辺に宿し、ラクシュマナに落ち着いて教え諭し、苦行の節制を選ぶ。森の食が得られるのに水のみで過ごし、それが欠乏ではなく自らの抑制であることを示す。スーマントラは馬を整え、黄昏の礼拝サンディヤー・ウパーサナー(sandhyā-upāsanā)を行い、河畔に葉の寝床を設ける。ラーマはシーターとラクシュマナと共に眠り、ラクシュマナは夜通し警護しつつ、スーマントラにラーマの徳を語り讃えて夜明けを迎える。 暁にラーマは、木の下で眠る市民を見て、その忠誠が彼ら自身を損なう決意になりかねないと悟る。そして王の法(rājyadharma)として、「臣民は苦しみから救われるべきで、王子の境遇によって重荷を負うべきではない」と述べ、彼らが眠る間に出立する策を示す。追跡を避けるため、スーマントラに一度北へ走らせてから回り道で戻らせ、パウラ(paurāḥ)を惑わせるよう命じる。一行は御者の整えた車に乗り、渦巻く急流のタマーサー河を渡り、苦行林タポ・ヴァナ(tapo-vana)へ向かう吉祥の「棘なき」大道に至る。かくして流謫は、道義の選択であると同時に、緻密な行動として進められる。

34 verses | Rama, Lakshmana, Sumantra

Sarga 47

अयोध्यायाः पौरविलापः (Lament of the Citizens of Ayodhya on Rama’s Absence)

夜明け、アヨーディヤーの市民は、もはやラーマの御姿が見えぬことに気づき、心は打ちのめされる。悲嘆は、行う力を奪い、識別さえ曇らせるものとして語られる。彼らは方々を駆けてわずかな痕跡を求め、覚醒を鈍らせた眠りを責め、共同の嘆きを重ねる――ラーマは父のように守護する御方であり、その御出立によって生は目的を失う、と。 嘆きはついに極端な提案――死、あるいは身を火に投ずること――へと高まり、都の道徳的中心から引き離されたことの実存的帰結として語られる。戦車の轍を追って進むが、ほどなく道を見失い、ratha-mārga の消失は運命の遮りを具体に示す徴となる。疲れ果ててアヨーディヤーへ戻った彼らは、富める家々に入るのも難しく、悲しみのあまり自らの親族さえ見分けられない。結びに、ラーマなきアヨーディヤーは、ガルダにより蛇を失った川、月なき空、水なき大海に譬えられ、王の不在が宇宙的欠乏として描かれる。

19 verses | Ayodhya citizens (पौराः / जनाः)

Sarga 48

अयोध्यायाः शोकवर्णनम् (Ayodhya’s Lament and Civic Desolation)

第48章は、民がラーマに従って見送り、のちにアヨーディヤーへ戻った後の都の心象を描く。人々は涙に目をくらまされ、命の息が去るかのように死をさえ願う。家庭の営みは崩れ、家々は泣き、女たちは鋭い言葉で夫を責め、繁栄のしるしである商い・炊事・祝宴、さらには出産の喜びまでもが空しくなる。 同時に、ラーマに随う者—シーターと共にあるラクシュマナ—は高く讃えられ、自然そのものがもてなしの国のように描かれる。森や川、山、花咲く木々、滝は、愛しい客を迎えるようにラーマを「敬い」、季節外れの花と清らかな水を捧げるという。女たちは奉仕を分かち、女はシーターに、男はラーマに仕えると申し出て、流罪の旅を移動する扶け合いの共同体として捉える。 やがて語りは政治へと鋭く転じ、民はカイケーイーの不義の統治を非難し、導き手なき国の破滅を予見し、ダシャラタの死とその後の嘆きを思う。ラーマの徳は凝縮された讃歌として列挙される。夕暮れには祭火も聖典誦読も絶え、市は閉じ、アヨーディヤーは星を失い暗く小さく見える—水の減った大海のように—それは都におけるダルマの衰微を示す譬えである。

37 verses | Ayodhya citizens (collective voice)

Sarga 49

एकोनपञ्चाशः सर्गः (Sarga 49): Rāma’s Night Journey Beyond Kosala and the Charioteer Address

このサルガは、夜の終わりにかけてラーマが速やかに進むさまを描き、ダシャラタの命を思い起こしつつ、追放を単なる離別ではなく、自ら保ち続けるダルマの誓願として受け止める姿を示す。夜明け、吉祥なる朝のサンディヤーを礼拝してから、彼はコーサラの国境に至り、これを越える。その途上で村人たちが、欲情に動かされたダシャラタの決断と、カイケーイーの礼節を欠く振る舞いを批判するのを耳にし、民の声が王家への外からの道徳的な検証となる。 続いて行程が詳述される。ラーマは聖なるヴェダーシュルティ川(Vedāśruti)を渡り、アガスティヤ(Agastya)に結びつく方角へと南下する。長い旅ののち、冷ややかな水をたたえるゴーマティー川(Gomati)—湿地の岸に牛が草を食む—を越え、さらに孔雀と白鳥の声が響くシャンディカー川(Syandikā)を渡る。 ラーマはシーターに、マヌがイクシュヴァーク(Ikṣvāku)に授けたと伝えられる広大な土地を示し、王国の地理を王統の記憶に織り込む。彼は御者をたびたび「スータ」(sūta)と呼び、白鳥のように甘美な声(haṃsamattasvara)で、サラユ―川の花咲く林への帰還を恋い慕い、狩猟がクシャトリヤや王仙の嗜みであること—楽しいが自らの第一の望みではない—を省みて、武の文化と自制の調和を語る。

19 verses | Rama, Charioteer (Suta/Sarathi, addressed)

Sarga 50

गङ्गादर्शनम् तथा गुहसमागमः (Vision of the Gaṅgā and Meeting with Guha)

第50章では、ラーマは豊かなコーサラの地を越えたのち、アヨーディヤーの方へ振り返り、都とその守護神々に対して厳粛に別れを告げる。人々は彼が遠ざかり、ついに見えなくなるまで嘆き悲しむ。 続いて物語は、コーサラの吉祥を華麗に描く。祭柱ユーパ(yūpa)や聖所チャイティヤ(caitya)といった儀礼のしるし、農の豊穣、恐れなき市民生活、そしてヴェーダ誦唱の響きが満ち、善き統治が聖なる文化の環境を育むことが示される。 やがてラーマは聖なるガンガー(Gaṅgā)を拝し、泡を微笑みに、水の流れを編み髪にたとえるなどの譬喩とともに、その宇宙的由来—ヴィシュヌの御足より発し、シヴァのジャター(jaṭā)に受けとめられ、バギーラタ(Bhāgīratha)の苦行(tapas)によって地上にもたらされた—を想起して、その神聖さと境界性を悟る。シュリンギベーラプラ(Śṛṅgiberapura)に着くと、イングディ(ingudī)の木のそばに宿営を定め、ニシャーダ王グハ(Guha)が親しい盟友として歓待し国を捧げようとする。ラーマは出家の規律により贈り物を辞し、ダシャラタの馬のための飼葉と水のみを求める。夜はグハが眠らず警護し、荒野の入口における友情と節制、守護の務めが際立つ。

51 verses | Rāma, Guha, Sumantra, Lakṣmaṇa

Sarga 51

अयोध्याकाण्डे एकपञ्चाशः सर्गः — Guha’s Vigil and Lakṣmaṇa’s Lament (Night on the riverbank)

第51章は、流刑の野営地の河岸における夜の情景として描かれ、守護と悲嘆が交わる。ラーマの安全のため眠らず見張り続けるラクシュマナの姿に心を動かされたグハは、整えた寝床を勧め、親族とともに武装して護衛することを誓う。友誼(sauhṛda)はダルマにかなう務めであると示される。 しかしラクシュマナは安楽を退ける。自分にとってラーマほど愛しい者はいない、ラーマがシーターとともに草の上に横たわるかぎり、自分には眠りも世の楽しみもあり得ないと語る。 やがて章は嘆きと予見へと移る。ラクシュマナは、戴冠の望みが果たされぬままのダシャラタが命を落とすことを案じ、カウサリヤの崩れを思い、アヨーディヤーの市井の響きが疲弊と喪によって沈黙するさまを思い描く。かつての祝祭と繁栄の都市像が短く挿まれ、理想の秩序と迫る喪失の対比によって悲劇はいっそう深まる。夜は更けてもラクシュマナの嘆きは止まず、民のために語られた真実の言葉を聞いたグハもまた涙し、友誼は共同の痛みとダルマの連帯を運ぶ道となる。

27 verses | Guha, Lakṣmaṇa

Sarga 52

गङ्गातरणम्, सुमन्त्र-प्रतिनिवर्तनम्, जटाधारणम् (Crossing the Gaṅgā; Sumantra’s Return; Adoption of Ascetic Signs)

第52章では、夜明けとともにラーマは聖なるガンガー(Gaṅgā)へ向けて進み、ラクシュマナ、シーター、従者たちの動きを明確な手順で整える。彼は慈悲を帯びた毅然さでスーマントラを帰し、ダシャラタに怠りなく仕え、宮廷の継承秩序を安定させるよう命じる。すなわちバラタを召し戻し、すべての王妃に公平に接し、とりわけカウシャリヤーを敬うことを求める。 スーマントラの嘆きは都の痛みの兆しとなる。空の戦車が戻ることでアヨーディヤーが受ける苦しみを思い、追放の旅に同行したいと願い、さらには焼身も辞さぬとまで言う。ラーマは国の理をもってこれを諭し、カイケーイーに追放が真実であると納得させねばならないと告げる。 グハは舟を用意する。ラーマはアーシュラマにふさわしい生活を望み、出家のしるしとしてバニヤンの乳液で髪を結い固め、ジャター(jaṭā)を結ぶ。ラクシュマナも同様に姿を改める。一行は流れの速いガンガーを渡り、シーターは河神に正式な誓願の祈りを捧げ、無事に帰還できたなら再び供養すると約す。南岸に着くとラーマは護りの隊列を定め、ラクシュマナを先頭、シーターを中央、ラーマを殿とし、森の旅における規律と相互守護の徳を示す。

103 verses

Sarga 53

पञ्चाशत्तमः सर्गः (Sarga 53) — Rāma’s Lament, Vigil for Sītā, and Lakṣmaṇa’s Consolation

このサルガは、人里を離れて迎える追放の第一夜を、儀礼的な転換であり同時にダルマの試練として描く。一本の樹に至ると、ラーマは西に向かって夕のサンディヤー(sandhyā)の作法を修し、ついでラクシュマナに夜の警護を命じる。シーターの安穏と守護(yogakṣema)は二人の用心にかかっているからである。王者の安楽にふさわしい身でありながら、ラーマは地に臥し、アヨーディヤーを思う—ダシャラタの苦悩、カイケーイーの野望、そしてバラタが唯一の主として治めるかもしれぬ政治の行方を。 ラーマは統治の教えを語る。欲(kāma)が利(artha)と法(dharma)を圧するなら、快楽のために正しさを捨てた王はたちまち没落する—今のダシャラタの破滅がその証である。嘆きは内へ向かい、カウサリヤーとスミトラーへの憂い、母たちを守るためラクシュマナが帰還する案、そして成就の時にカウサリヤーへ悲しみを与えた自責が述べられる。 結びは克己の倫理である。矢をもってアヨーディヤーも大地も屈せしめ得るとしながら、ラーマは無益な力の誇示を退け、アダルマへの恐れと来世への配慮ゆえに戴冠を辞する。涙して沈黙するラーマに、ラクシュマナは忠誠と励ましで応え、ラーマなきアヨーディヤーは月なき夜のようで、己もシーターも離れては生きられぬと言う。三人はニヤグローダ(nyagrodha、バニヤン)の下に整えた床に憩い、ラーマはラクシュマナが定められた森の法(forest-dharma)に従い全期間を共にする決意を受け入れる。荒れた森にあっても兄弟は獅子のごとく恐れを知らない。

35 verses | Rama, Lakshmana

Sarga 54

भरद्वाजाश्रमप्राप्तिः — Arrival at Bharadvāja’s Hermitage and Counsel toward Citrakūṭa

サルガ54は、旅の描写からプラヤーガ――ガンガー(Gaṅgā)とヤムナー(Yamunā)の合流地――における聖林の対話へと移る。大樹の下で吉祥の一夜を過ごした後、ラーマ、シーター、ラクシュマナは広大な森を越えてサンガムへ向かい、見慣れぬ魅惑的な景色を目にする。供犠の煙を見て近くに苦行者の住まいがあると悟り、夕刻、バラドヴァージャ(Bharadvāja)仙のアーシュラマに到着する。 三人はまず遠くから恭しく待ち、やがて入りて聖仙に礼拝する。仙は、戒律に厳しく火供の儀を守り、霊的洞察に富む者として描かれる。ラーマは自らとシーター、ラクシュマナを正式に名乗り、流謫の事情と、ダルマに従い根と果実で身を養って森に住む決意を述べる。バラドヴァージャは客礼として、アルギャ(arghya)と水、糧と宿を施し、弟子や林住の修行者、森の生きものたちの中で彼らを迎える。 対話の中で仙は、聖なる合流地の近くに安らかに住むよう勧めるが、ラーマは近隣の集落から人々が訪れやすいことを案じ、シーターの安寧にかなうより静かな地を求める。そこで仙は、十クロ―シャ離れた名高いチトラクータ(Citrakūṭa)山を薦め、その神聖さ、自然の豊かさ、見る者の心を高める景観を讃える。さらに黎明の出立を許し、チトラクータこそ相応しい森の住処であると重ねて告げる。

43 verses | Rama, Bharadvaja

Sarga 55

चित्रकूटमार्गोपदेशः — Instructions for the Chitrakuta Route and the Yamuna Crossing

第55章は、バラドヴァージャ仙の庵からチトラクータへ向かう途上の行程を示す。夜を明かしたのち、ラーマとラクシュマナは礼拝し、仙は道筋を細やかに教える。すなわち、ガンガーとヤムナーの合流点に至り、西へ流れるカーリンディー(ヤムナー)に沿って進み、古い渡し場を見つけ、筏を作って渡れという。また、成就者(シッダ)の気配が宿ると伝えられる大いなるニヤグローダ(バニヤン)を指し、そこでシーターが吉祥の祈りを捧げるべきことを告げる。 教えはそのまま実行となる。兄弟は丸太を結び、竹を敷き、ウシーラで覆って大きな筏を作り、ラクシュマナは心地よい座を整える。ラーマははにかむシーターを助けて乗せ、衣や装身具、道具、武器も載せる。流れの中ほどでシーターは聖なる川に礼拝し、無事に帰還した暁には再び供養すると誓い、やがて南岸に着く。 渡り終えると、シーターはバニヤンを右繞して、ラーマの誓願の成就と、カウシャリヤーおよびスミトラーとの再会を祈る。ラーマは、シーターを伴ってラクシュマナが先行し、自分は武装して後に続くこと、また彼女の草木への問いを満たすことを命じる。章末は、ヤムナーの美に心躍らせるシーター、森での採取、川辺の住まいの選定へと至り、ダルマと儀礼の所作、地理の精確さが一つの道案内として結ばれる。

34 verses | Bharadvaja, Rama, Sita

Sarga 56

चित्रकूटगमनम् तथा पर्णशालाप्रवेशः (Arrival at Chitrakuta and Establishing the Leaf-Hut)

夜が明けると、ラーマはラクシュマナをやさしく起こし、森の吉祥なる音に心を澄ませつつ、出立の時を告げた。一行は聖仙(バラドヴァージャ)の示した道に従ってチトラクータへ向かい、ラーマはシーターに、季節の恵み—花咲く樹々、蜜房、鳥たち、象—を示し、この地が避難の庇護であると同時に、慎みの住処であることを語った。 山に至ると、ラーマは水と根・果実に恵まれ、また大いなるリシたちが住するゆえに、ここが居住にふさわしいと見定めた。三人はヴァールミーキのアーシュラマに赴き、恭しく礼拝すると、歓待されて座を与えられた。 ラーマはラクシュマナに堅固な葉の庵(パルナシャーラー)を建てるよう命じ、完成後、住まいの守護神を鎮めるヴァーストゥ・シャマナの儀を定めた。すなわち鹿肉の供物、真言誦持、沐浴、そして諸神(ヴィシュヴァデーヴァ、ルドラ、ヴィシュヌ)へのバリ供を行い、庵にふさわしい祭壇と聖火の場を設け、森の諸存在にも供物を施した。かくして三人は連れ立って庵に入り、神々がスダルマーに入るがごとく、豊かな森の中で静けさの喜びを得た。

38 verses | Rama, Lakshmana, Valmiki

Sarga 57

सप्तपञ्चाशः सर्गः — Sumantra’s Return to Ayodhya and the Palace’s Lament

第57章では、ガンガー(Gaṅgā)の岸でラーマ(Rāma)から暇を許されたスーマントラ(Sumantra)の視点を通して、物語は再びアヨーディヤー(Ayodhyā)へと戻る。グハ(Guha)は、ラーマが南岸に至るまでスーマントラに付き添い語らったのち、悲嘆に沈んで家へ帰る。スーマントラは森や川、湖、村里と町々を急ぎ抜け、三日目の夕暮れにアヨーディヤーへ着くが、都は静まり返り、喜びを失っていた。 人々は押し寄せて「ラーマはどこにおられるのか」と問い続ける。市民は、正義の王子をもはや祭祀(yajña)、婚礼、集会、施与の場で拝することができないと嘆き、父のように民を治めたその姿を思い起こす。宮殿に入ったスーマントラは人で埋まる中庭を進むが、邸宅や御殿の女たちは涙に目を濡らして叫び泣き、ダシャラタ(Daśaratha)の后たちは、カウサリヤー(Kausalyā)にどう言葉をかけるべきか、その困難をささやき合う。 やがてスーマントラは王に拝謁し、ラーマの言葉を一語一句そのまま伝える。ダシャラタは悲しみに圧倒され、気を失って倒れる。奥宮は嘆きに満ち、カウサリヤーはスミトラー(Sumitrā)に助けられて倒れた王を起こし、恐れずに使者へ問いただすよう促す(カイケーイー(Kaikeyī)は不在)ものの、ほどなく彼女自身も崩れ落ち、都全体の哀哭が再び高まっていく。

34 verses | Sumantra, Citizens of Ayodhya, Kausalya

Sarga 58

अष्टपञ्चाशः सर्गः (Sarga 58) — Daśaratha Questions Sumantra; Messages from the Forest Threshold

意識を取り戻したダシャラタ王は、ラーマの確かな消息を得ようとスーマントラを召す。王の問いは、ラーマがどこに座し、どこで眠り、何を食したかという具体の事柄に及び、悲嘆が失われた臨在の代わりに、触れ得る物語を求めることを示す。合掌(añjali)して進み出たスーマントラは、王が老い、塵にまみれ、捕らえられたばかりの象のように嘆息していると述べ、身体の描写によって政の崩れを映し出す。 スーマントラは、森の入口でのラーマのダルマにかなった振る舞いを伝える。ラーマは頭を垂れ、合掌して、内奥の宮廷へ挨拶と安否の問いを届けるよう命じ、とりわけカウサリヤーへの伝達を重んじた。さらに、祭儀の規則正しさを守ること、ダシャラタに「神に仕えるがごとく」奉仕すること、后妃の間で謙虚を保つこと、そしてカイケーイーとの関係を慎重に保つことを諭す。またバラタに関する王法(rājadharma)として、彼を王として遇し、安否を報じ、すべての母を等しく敬い、老王に従うよう勧めよと述べる。 やがて語りはラクシュマナの怒りと追放への道義的抗議へ移り、シーターは呆然としたのち、スーマントラの去る時に涙をあふれさせる。章末は、合掌して泣くラーマをラクシュマナが支え、シーターが王の戦車を見つめるという別離の光景で閉じられ、私的な悲しみと義務の倫理とが一つに結ばれる。

36 verses

Sarga 59

एकोनषष्ठितमः सर्गः (Sarga 59): सुमन्त्रवाक्यं, अयोध्याविषादः, दाशरथिशोकसागरः

第59章では、ラーマとラクシュマナが苦行者の装いでガンガーを渡り、プラヤーガへ向かった後、スーマントラがダシャラタ王に報告を続ける。御者は、なすすべなく帰還した次第を語る。ラクシュマナはラーマを守り、馬たちは道を進むことを拒み、まるで「熱い涙を流す」かのようであった。スーマントラはグハとともに、再び呼び戻される望みを抱いて待ち続けた。 やがて悲嘆は天地に及ぶ徴として描かれる。樹木、河川、池、森、庭園までもが萎れ、熱に灼かれたように見え、国と自然がラーマの災厄を映し出すかのようである。ラーマなきままアヨーディヤーに入ったスーマントラは、全市の喪に服す姿を目にする。挨拶は絶え、ため息が重なり、楼閣や宮殿から女たちの泣き声が上がり、友も敵も中立の民も区別なく苦しみに沈む。 ダシャラタは涙に声を詰まらせ、自らを責める。「一人の女のために」拙速に事を運び、諫言も求めず、カイケーイーの煽動と、破滅をもたらす宿命の力を口にする。そしてスーマントラに、ラーマのもとへ連れて行ってくれと懇願し、ラーマ(とシーター)を見ずして一瞬も生きられぬと告げる。章末は「悲しみの大海」の譬えで結ばれ、カイケーイーは火の牝馬の口、マンタラーの言葉は鰐、涙は泡となり、ついにダシャラタは気を失って倒れ、カウサリヤーは新たな恐れに襲われる。

39 verses

Sarga 60

षष्टितमः सर्गः — Kausalyā’s Lament and Sumantra’s Consolation (Sītā’s Fearless Forest-Life)

この章では、悲嘆に突き動かされた対話が描かれる。王妃カウサリヤーは身も心も揺らぎ、震えながら御者スーマントラに向かい、ラーマ、シーター、ラクシュマナのもとへ直ちに連れて行けと迫る。愛する子と離れては生きられない、と彼女は訴える。 スーマントラは合掌して恭しく答え、筋道立てて慰める。絶望を捨てるよう諭し、ラーマの森での生活をダルマに基づく信義の忍耐として示し、ラクシュマナの奉仕を規律ある務めとして、霊的功徳をもたらすものと語る。 さらに慰めの中心はシーターの振る舞いへ移る。彼女は沈まず、荒れた森をまるで我が家のように安らかに受け入れ、村や川や木々について無邪気に問いかける。心はただラーマに結ばれており、彼のいないアヨーディヤーは荒野のように感じられるという。スーマントラは、旅の苦労にも色褪せぬシーターの輝き、蓮と月に喩えられる美、飾りなくとも光を宿す足もと、そしてラーマの守護のもと猛獣の中でも恐れず歩む姿を讃える。 章末では、このような行いが永く名声として残ると述べられる。しかし適切な言葉を受けても、カウサリヤーの母としての嘆きは止まず、愛する子の名を繰り返し呼び続ける。

23 verses

Sarga 61

कौसल्याविलापः — Kausalya’s Lament and Ethical Analogies on Kingship

この章では、ラーマが森へ去ったのち、コーサリヤーは激しい悲嘆に沈み、王ダシャラタに向かって言葉を途切れなく注ぎ出す。まず彼女は、ラーマ・シーター・ラクシュマナがいかにして林住の苦難に耐えられるのかを問いただす。宮廷の安楽に慣れたシーターの繊細さ、森の粗食、寒暑の厳しさ、獣の脅威や恐ろしい咆哮などが挙げられる。 ついで彼女は、王の決断を「慈悲なき行い」として責め、身内—とりわけラーマ—は本来幸福に値すると訴える。さらに、バラタが王権を捨てることはあり得ないと示し、数々の譬えを用いる。シュラーダッダ(śrāddha)ではまず親族に食を施し、その後に最上のバラモンを求めるが、高徳のバラモンは「後の食」を受けないこと、虎は他者が奪った餌を取らないこと、ヤジュニャ(yajña)の供物は再用できないこと。ゆえに、他者が先に享受した王国もまた受け取るべきではない、と。 これらはラーマの矜持とダルマへの堅固さを示す。彼は侮辱を忍ばず、怒れば山さえ裂き得るが、父への敬いゆえにダシャラタを害することはしない。章末では、女性の拠り所としての法—夫・子・親族—が説かれ、コーサリヤーの見捨てられた思いと自滅へ傾く心があらわになる。

30 verses

Sarga 62

अयोध्याकाण्डे द्विषष्टितमः सर्गः — Kausalyā consoles Daśaratha; grief, remorse, and nightfall

第62章では、宮中における心の葛藤が描かれる。怒りと悲嘆から放たれたカウサリヤーの辛辣な言葉の後、ダシャラタ王は深く動揺して気を失う。やがて意識を取り戻すと、熱い溜息を洩らし、悔恨に沈む。ラーマとの別離の痛みに加え、かつて「シャブダヴェーディン」(音を頼りに射る矢)によって誤って仙人の子を射殺してしまった罪がよみがえり、罪責と喪失の重みは二重となる。 震え、うなだれた王は合掌してカウサリヤーに願い出る。ダルマを守る女性にとって夫は目に見える神のごとき存在であり、すでに押し潰されそうな者に苦い言葉を重ねないでほしい、と。するとカウサリヤーの怒りは慈悲へと転じ、激しく泣き、合掌を頭上に捧げて赦しを乞い、子を思う悲しみが自分を不相応な苛烈さへ駆り立てたと認める。 さらに彼女は「ショーカ(憂い)」について諭す。憂いは勇気も学識も安定もことごとく損ない、最大の敵であり、敵の一撃より耐え難い。苦行者や学者でさえ、心が悲しみに沈めば惑う。彼女には流刑の五夜が五年のように感じられ、増し膨らむ悲しみは河の奔流で海が高まるさまに喩えられる。こうした胸を打つ言葉のうちに日光は衰え、夜が訪れ、ダシャラタ王は一時慰められつつもなお打ちひしがれ、ついに眠りに引き込まれる。

21 verses | Daśaratha, Kausalyā

Sarga 63

दशरथस्य शोकानुचिन्तनं शब्धवेधि-दोषस्मरणं च (Daśaratha’s grief, karmic reflection, and the remembered ‘śabdavedhī’ misdeed)

第63章では、ラーマ追放ののち、ダシャラタ王は悲嘆に突き動かされて目覚め、心を憂いに奪われる。王はカウサリヤーに向かい、業(カルマ)と果(カルマ・パラ)の法を語る――行為の主体は必ずその果報を受け、利と過を量らずに事を起こす者は幼子のようだ、と。彼は、マンゴーの木を伐ってパラーシャ(キṃśuka)に水を注ぎ、実りの季節になってから悔いる者の譬えを挙げ、まさに自分が人生の「結実」の時にラーマを退けたのだと嘆く。 続いて王は、今の没落の因となった過去の出来事を語る。雨季、サラユー河畔で狩りをしていた彼は、闇の中で水場に待ち伏せし、音に惑わされて象と思い込み矢を放った。だが上がった叫びは、盲目で老いた両親のために水を汲みに来た若い苦行者が射られたことを告げる。瀕死の青年は、出家の修行者に加えられた不義の暴力を嘆き、何より両親に迫る苦しみを悲しみ、呪いを避けるためにも両親の赦しを乞うよう王に勧め、矢を抜くことを求める。王は、抜かねば痛みが続き、抜けば死に至ると苦悩しつつ、ついに矢を抜き、青年は息絶える。季節の描写と道徳的因果、悔恨の心理が一つの業の物語として結ばれ、王の現在の悲運へとつながっていく。

55 verses

Sarga 64

शब्दवेध्य-अनर्थः, ऋषिशापः, दशरथस्य प्राणत्यागः (The Sound-Target Tragedy, the Sage’s Curse, and Dasaratha’s Death)

このサルガでは、ダシャラタ王がカウサリヤーの前で哀切に嘆き、かつて自らが修した「シャブダヴェーディヤ(音を頼りに射る術)」によって生じた罪の因縁を告白する。サラユー河畔で、水甕に水を満たす音を象の気配と誤り、矢を放ったところ、実は苦行者の子を射てしまったのである。 王は瀕死の若者を見て矢を抜き、彼の盲目で老いた父母のもとへと伴う。そこで王は、子を失う悲嘆、別離の慟哭、そして最後の対面を目の当たりにする。 ムニはダルマと正義に則って語り、無知ゆえの行為であるため直ちにブラフマハティヤーのごとき重罪として断ずるものではないと示しつつも、王に呪詛を与える――王は我が子を失うのと等しい悲しみによって死ぬであろう、と。ムニ夫妻は子を火葬の薪に載せて天へ昇り、ムニの子もまた神妙なる姿となってシャクラとともに天界へ上る。 この呪いは業の果として今に熟し、ラーマとの別離の憂いによりダシャラタの諸根は衰え、心は崩れゆく。ラーマを再び見られぬことを最大の苦とし、カウサリヤーとスミトラーの傍らで、真夜中を過ぎて命の息を捨てた。

79 verses

Sarga 65

अयोध्याकाण्डे पञ्चषष्टितमः सर्गः — Daśaratha’s Death Discovered in the Palace (Morning Rites Turn to Lament)

第65章では、王宮の夜明けの儀礼が一転して悲劇へと移り変わる。定められた宮廷作法に従い、頌徳者やスータ(sūtāḥ)の吟誦者、歌い手、侍従たちが集い、吉祥の祝詞を唱えて、宮殿を讃歌と音楽、聖なる響きで満たす。 沐浴の支度もまた伝統どおり整えられる。黄檀の香を移した水、器、塗香や香油、感官に捧げる供物が、秩序正しく上質に用意される。だが王は姿を現さず、侍従たちは日の出まで待ち続け、不安はやがて疑念へと変わってゆく。 寝所に仕える女たちは慎み深くダシャラタの寝室に近づき、床に触れても命の徴を見いだせない。恐れが確信となったとき、奥向きは大きな号泣に包まれる。コーサリヤーとスミトラーは叫び声に目覚め、王に触れて悲嘆のうちに崩れ落ちる。さらにカイケーイーに率いられた他の王妃たちも気を失い、かつて讃美に満ちていた宮殿は嘆きの反響へと変わる。こうして歓喜は公然と崩れ、共同の喪が始まる。

29 verses | Kausalyā, Sumitrā, Kaikeyī (as leading queen among the mourners)

Sarga 66

अयोध्यायां शोकविलापः — Lamentation in Ayodhya after Daśaratha’s death

第66章では、ダシャラタが天に昇ったのち、宮廷に凝縮した嘆きが満ちる。悲嘆に沈むカウサリヤーは王の頭を抱き上げて膝に置き、カイケーイーに向かって責めるように慟哭する。彼女は災厄を、消えた火、水を失った大海、光を失った太陽といった峻烈な譬えで語る。 その嘆きはさらに広がり、森の恐怖にさらされるシーターの危うさ、そして悲しみに耐えかねて倒れるであろうジャナカの姿にまで及ぶ。王妃としての寡婦の苦しみが極まる中、カウサリヤーは夫の遺体とともに火に入る決意を口にするが、侍女たちが制して彼女を連れ去る。 一方、大臣たちは年長者の指示に従い、遺体を油の槽に納めて保存し、王子が उपस्थितするまで葬送の儀を明確に延期する—王統と祭儀の規矩を示す措置である。宮中の女たちは一斉に嘆き、アヨーディヤーの都は月なき夜、あるいは太陽なき昼のように暗く乱れたものとして描かれる。民の心はカイケーイーへの糾弾へと転じ、内廷の決断が都全体の痛みと道徳的裁きとして響くことが示される。

29 verses | Kausalyā

Sarga 67

अयोध्यायां शोक-रात्रिः तथा अराजक-राष्ट्रस्य नीतिविचारः (The Night of Lamentation in Ayodhya and the Political Ethics of a Kingless Realm)

このサルガでは、アヨーディヤーの夜が「嘆きに満ち、喜びなき夜」として描かれる。ダシャラタ王の崩御と、ラーマの森への追放ののち、都は深い悲しみに沈む。やがて朝となり、灌頂(即位)を司る二度生まれの者たちが議場に入り、王家の祭司ヴァシシュタの前で、マールカンデーヤをはじめとするブラーフマナと大臣たちが、それぞれの意見を述べる。 中心となる教えは、「無王の国」(アラージャカ)の危うさである。王権という守護が失われれば社会は崩れ、雨の巡りと農耕、財の安全、裁きと司法、ヤジュニャの営み、祭礼と文化、交易路の護り、軍の抑止と防衛が、次々に衰えてゆくと説かれる。 さらに、水なき川、草なき森、牧者なき牛という譬えを連ね、国には「守り手」が不可欠であることを明らかにする。結びに、王は真実(サティヤ)とダルマの拠り所であり、父母のごとく民を益する存在だと王法(ラージャダルマ)を確立し、バラタ到着に先立って、イクシュヴァーク族のいずれかの王子を速やかに灌頂すべきだとヴァシシュタに請願する。

39 verses | Vasistha (royal purohita; addressee of counsel)

Sarga 68

दूतप्रेषणम् — Dispatch of Messengers to Kekaya (Bharata’s Recall)

このサルガは、評議の後に宮廷が取った実務的対応を述べる。ヴァシシュタ(Vasiṣṭha)は大臣とバラモンたちの意見を聞き、母方の叔父の国ケーカヤ(Kekaya)にいるバラタ(Bharata)とシャトルグナ(Śatrughna)を急ぎ召還するため、使節派遣を許可する。彼は使者シッダールタ(Siddhārtha)、ヴィジャヤ(Vijaya)、ジャヤンタ(Jayanta)、アショーカ(Aśoka)、ナンダナ(Nandana)を召し、厳密な手順を授ける。すなわち、速やかにラージャグリハ(Rājagṛha)へ赴き、悲嘆の徴を隠し、祭官(purohita)と大臣からの安否の言葉を伝え、「急務」のため直ちに帰還するよう強く求めよ、というのである。 さらに重要な制約として、バラタに対し、ラーマ(Rāma)の森への追放も、ダシャラタ(Daśaratha)の崩御も、ラグ(Raghu)家を覆う衰運も明かしてはならないと命じられる。これは衝撃を避け、政の安定を保つための情報統制である。使者たちは旅の支度を与えられ、ケーカヤ王とバラタに贈る絹衣と装身具を携えるなど、外交の礼も整えられる。 章はまた道程を具体的に示す。ハスティナープラ(Hastināpura)でガンガー(Gaṅgā)を渡り、クル・ジャーンガラ(Kuru-jāṅgala)を経てパンチャーラ(Pāñcāla)へ進み、マーリニー(Mālinī)、シャラダンダー(Śaradandā)、イクシュマティー(Ikṣumatī)、ヴィパーシャー(Vipāśā)、シャールマリー(Śālmalī)などの河川を越える。さらにスダーマ山(Sudāmā)ではヴィシュヌ(Viṣṇu)の足跡を拝し、夜にギリヴラジャ(Girivraja)へ到着する。ここに義務と迅速さ、そして地理描写の精確さが際立つ。

22 verses

Sarga 69

भरतस्य दुःस्वप्नदर्शनम् — Bharata’s Ominous Dream

第69章は、使者が都に到着するのと時を同じくして現れた悪夢の凶兆によって、バラタの内なる危機を描く。夜明け、バラタは父ダシャラタ王を不浄で不吉なありさまに見る夢に苦しむ。王は山から落ちて牛糞の溜まりに沈み、油を飲みながら漂い、胡麻飯を食し、身体に油を塗られたまま幾度も頭から油へと突っ込んでいく。 夢はさらに、天地と王権の象徴が逆転する光景へと高まる。海は干上がり、月は落ち、大地は暗くなり、王象の牙は砕け、火は突然消え、地は裂け、木々は枯れ、煙に包まれた山々は崩れ果てる。続いて、黒衣の王が鉄の座に座し、肌の黒い女たちに嘲られる姿が現れ、また赤い花鬘と赤い塗香で飾られた王が、驢馬に曳かせた車で南へ急ぎ、ついには赤衣の醜怪な羅刹女(ラークシャシー)に引きずられていく。 バラタはこれを死の兆しと受け取り、自身、ラーマ、王、あるいはラクシュマナに災いが及ぶのではと恐れる。そして「驢馬に曳かれた乗り物に人が乗るのを見るのは、まもなく葬送の煙を見るしるし」という夢占の定めを挙げる。友人たちは音楽や舞、芝居や笑いで慰めようとするが、バラタは喉の渇き、途切れる声、やつれた顔つき、理由の知れぬ自己嫌悪に沈み、夢の中で王が「理解しがたく」現れたことが恐怖を消し去らせない。

21 verses | Bharata

Sarga 70

भरतस्य दूतसमागमः तथा केकयराजनः अनुज्ञा (Bharata Meets the Messengers; Kekaya King Grants Leave)

第70章は、ケーカヤ国からアヨーディヤーへ向かう、手順に則りつつも胸を打つ転換を描く。バラタが不吉な夢を語る中、堀に守られたラージャグリハの都へ、アヨーディヤーから騎乗の使者たちが到着する。ケーカヤ王と王子ユッダージトは彼らを厚く遇し、使者は恭しくバラタに言上する。 バラタは親族の情に基づき、ダシャラタ、ラーマとラクシュマナ、さらに王妃カウサリヤー、スミトラー、カイケーイーの安否を丁寧に問い、健康とダルマ、王家の安定への心配りを示す。使者は国の急務ゆえ即刻帰還すべきだと促し、またケーカヤ王とユッダージトに宛てた貴重な贈り物を届ける。バラタはそれを受け取り、返礼として使者を敬ってもてなす。 急を要するため、バラタは母方の祖父に暇を乞う。祖父は出立を許し、バラタをカイケーイーのふさわしい子と讃え、ヴァシシュタと諸王子へ挨拶を託す。続いて象・馬・黄金・織物・皮革、さらには宮廷で育てた犬に至るまで盛大な贈答が交わされるが、バラタの心に喜びはなく、夢の兆しと使者の慌ただしさに不安は募る。章末、バラタはシャトルグナとともに軍の護衛を受け、重臣と大隊商を伴って出発する——外見は吉祥な動員でありながら、予感の影が差している。

30 verses | Bharata, Aśvapati (maternal uncle, as named in the passage)

Sarga 71

भरतस्य अयोध्याप्रत्यागमनम् — Bharata’s Return Journey and the Distant Sight of Ayodhya

第71章は、バラタがアヨーディヤーへ近づくさまを、地名と河川名を重ねた濃密な行程として描く。ラージャグリハを発ち東へ進み、スダーマー川とフラーディニー川を見て渡り、さらに波頭立つ広大なシャタドルー(Śatadrū)が西へ流れるのを越える。続いてエーラーダーナ、サルヴァティールタ、ラウヒティヤといった名のある地点で渡渉を重ねる。山地の馬や象の乗り物など実際の移動手段も示され、ウッターニカー、クティカー、カピーヴァティー等の川々が列挙されて、旅の記録がそのまま物語の地図となる。 やがて遠くにアヨーディヤーが望まれる—白く整えられた地、園林、そしてヴェーダに通じた祭式の担い手で名高い都—その瞬間、気配は一転する。バラタは家々と聖域に不吉の徴を見いだす。家は掃き清められず荒れ、戸は締められず、供物も香も絶え、家族は飢えている。人々は涙にくれ、やせ衰え、悲嘆に沈む。かくして本章は、儀礼に満ちた理想の都の記憶と、宗教と家の営みの律動が止まった現在とを対置し、都市の荒廃を王権と道義の断絶のしるしとして示す。

7 verses | Bharata, Sārathi (charioteer)

Sarga 72

भरतस्य मातृसदनगमनं कैकेय्या दारुणवृत्तान्तकथनं च (Bharata in Kaikeyi’s apartments: revelation of Daśaratha’s death and Rāma’s exile)

第72章では、バラタが王宮を探し回っても父ダシャラタ王が見当たらず、父の常の慈愛ある迎えを求めてカイケーイーの居所へ向かうところから始まる。そこには不吉な静けさが漂い、寝台は空で、侍女たちの顔に喜びはなく、宮廷の賑わいも失われていた。バラタは、なぜ自分が呼び戻されたのか、王はいずこにいるのかを、カイケーイーに厳しく問いただす。 政治的野心に駆られたカイケーイーは、恐るべき知らせを告げる。ラーマ、シーター、ラクシュマナを嘆きつつ、ダシャラタは崩御したという。バラタは悲嘆に打ちひしがれて倒れ、涙し、父の温かな手触りを失ったことを嘆く。さらに王の最期の言葉を求め、ラーマの行いに一点の汚れもあってはならぬと、害を加えたか、盗みをしたか、他人の妻を望んだかと、明確に罪過の有無を問う。 カイケーイーはラーマに何の過ちもないと否定し、むしろ自らがバラタの王位とラーマの追放を要求し、その悲しみでダシャラタが命を落としたのだと公然と告白する。そして葬送の儀礼を執り行い、即位を受けよとバラタに迫り、都と国は今や彼に依るのだと説く。この誘いは、のちにバラタが義により拒み、ラーマの正当な地位を守り抜く決意へとつながっていく。

100 verses

Sarga 73

भरतस्य कैकेय्याः प्रति धिक्कारः — Bharata’s Rebuke of Kaikeyi and Affirmation of Ikshvaku Royal Dharma

第73章では、バラタはダシャラタ王の崩御と、ラーマおよびラクシュマナの森への追放を聞き、悲嘆に打ちひしがれながらも、法とダルマに照らした筋道立った言葉でカイケーイーを厳しく糾弾する。父と兄たちを失った今、王国は無意味であるとして、嘆きは重ね重ねの傷であると語る。 バラタは、カイケーイーが王統を破滅へ導き、カウサリヤーとスミトラーの苦しみを増したと責める一方、ラーマが彼女を実母同然に敬い、模範の行いを貫いてきたことを強調する。さらに規範を示し、イクシュヴァーク族の古来のしきたりでは長子が戴冠し、弟たちは節度と敬意をもって支えるのだと述べ、カイケーイーの行為を永く続く王の法(ラージャダルマ)と祖先の名誉を断つものとして描く。 バラタは、カイケーイーの望む「わが子の即位」を決して成就させないと宣言し、民に愛され瑕なきラーマを森から迎え戻し、揺るがぬ内なる誓いをもって仕えると決意する。章末、彼は悲しみのあまり山の洞穴の獅子のように咆哮し、その比喩は情の激しさと道義の断罪とを一つに結ぶ。

29 verses

Sarga 74

भरतस्य कैकेयी-गर्हा तथा सुरभि-दृष्टान्तः (Bharata’s Reproach of Kaikeyi and the Surabhi Exemplum)

第74章では、ダシャラタの崩御とラーマ追放ののち、バラタのカイケーイーへの拒絶がいっそう激しくなる。怒りに呑まれた彼は、その所業をアダルマ(非正法)として糾弾し、政治的・社会的な破局――父を失い、兄弟が隔たり、民衆の憎悪を招いたこと――を語る。それはイクシュヴァーク家の道徳秩序を裂く罪であるとして、王権の喪失、地獄の報い、世間からの見捨てといった懲罰を呼び起こす。さらに彼は、自分が縁故ゆえに罪を負わされる「重荷」に耐えられず、嘆きに沈む民の視線の中で正統性が揺らぐ苦悩を吐露する。 続いて譬喩(ドリシュターンタ)として、スラビー/カーマデーヌの物語が語られる。無数の子を持ちながらも、過重な荷を負わされた二頭の牡牛の子のために彼女が泣くのを見て、インドラは「子の愛」の比類なさを悟る。バラタはこの譬えにより、ただ一人の子ラーマと引き離された母カウサリヤーの痛苦を際立たせ、カイケーイーへの倫理的断罪をさらに鋭くする。章末、バラタはラーマを迎え戻して名誉を回復すると誓い、叶わねば安楽を捨てて苦行者として森に入ると宣言する。感情の頂点で彼は地に崩れ落ち、インドラの祭旗が倒れるかのように描かれ、疲れ果てた権威と深い悲嘆が象徴される。

35 verses

Sarga 75

अयोध्याकाण्डे पञ्चसप्ततितमः सर्गः (Sarga 75: Bharata and Kausalya—Reproach, Oaths, and Reconciliation)

第75章では、王宮の内奥が道徳的な「法廷」のような場となる。バラタは意識を取り戻し、嘆き沈む母を見て、重臣たちの前でカイケーイーの関与を公然と非難し、王位継承は倫理的正当性と切り離せないことを示す。 深い悲嘆と疑念に覆われたカウサリヤーは、苦い皮肉を込めてバラタに語りかけ、カイケーイーの曲がった企てによって「障りなく」得られた王国を望んでいるのだと責める。バラタは儀礼的に否定し、王位を求めたことも、予定されていた灌頂(即位の儀)を知っていたこともなく、シャトルグナと共に遠方にいたのだと述べる。 さらに彼は、ラーマ追放に同意した者に呪いのごとき罪が降りかかれという、条件付きの誓いを長く連ねて自らの潔白を証す。やがてバラタはカウサリヤーの足もとに伏して嘆き、気を失い、慰められる。ついにカウサリヤーは彼のダルマと真実への堅固さを認めて抱きしめ、夜は悲しみと疲労のうちに過ぎてゆく。

65 verses | Bharata, Kausalya, Sumitra (briefly addressed)

Sarga 76

दशरथस्य अन्त्येष्टि-विधानम् — Dasaratha’s Funeral Rites and Ayodhya’s Mourning

第76章では、バラタの激しい嘆きから、王の崩御に伴う政務と儀礼の必然へと物語が移る。雄弁なる聖仙の中でも第一と称されるヴァシシュタは、バラタに悲嘆を抑え、時を違えずダシャラタ王のアンティエーシュティ(antyeṣṭi、葬送の儀)を執り行うよう諭す。バラタは心を整え、祭官(ṛtvik)、王家の祭司(purohita)、師(ācārya)を集め、シャーストラ(śāstra)の定めに従って諸作法を進めさせる。 王家の聖火は正しく処置され、遺体は油で保存された囲いから移され、飾り立てた寝台に安置される。従者たちは遺骸をシビカー(śibikā、輿・担架)に載せて運び、行列には供物が捧げられ、黄金や衣が撒かれる。ついで白檀、アガル(agaru)、グッグル樹脂(guggal)などの香木で芳香の薪堆が築かれ、祭司は供献を行い祈りを唱え、サーマ詠唱者が規範に則って讃歌を歌う。 カウサリヤーに率いられた王妃たちが到来し、燃え盛る薪堆の周りを逆回りに巡るプラサヴィヤ(prasavya)を行う。都は一斉の慟哭に包まれ、その声はクラウンチー鳥の叫びに喩えられる。バラタは水の奠(みたま)を捧げ、アヨーディヤーは地に臥して過ごす十日間の整然たる喪に入る—悲しみと儀礼と都市の秩序が一つに結ばれるのである。

23 verses

Sarga 77

और्ध्वदैहिकक्रिया-शोकविलापः (Obsequies for Daśaratha and the Brothers’ Lament)

第77章は、ダシャラタ王の崩御後に生じる儀礼と心の余波を描く。十日の喪が明けると、バラタは身を清め、十二日目に祖霊供養のシュラッダー(śrāddha)を執り行わせ、ブラーフマナたちに財宝、穀物と食物、衣、宝玉、家畜の群れ、召使い、車乗り物、住まいなどを広く施し、王としての義務をダルマに則って果たす。 十三日目の暁、バラタはさらなる浄めのため火葬地へ赴く。灰と骨の痕が残る荼毘の跡を目にした瞬間、彼は倒れ、父の旅立ち、カウサリヤーの孤独、そしてラーマの流謫を嘆き悲しむ。シャトルグナもまた、兄の慟哭と王の面影に圧倒されて気を失い、のちに「悲しみの海」を語って嘆く—その源はマンタラーにあり、カイケーイーがそれを危ういものとし、授けられた恩寵(願いの成就)が動かぬ力のように立ちはだかるのだと。 従者と大臣たちが急ぎ支えに来る。ヴァシシュタはバラタに、十三日目が来た今なお遺骸の儀礼が完了していないことを諭し、飢えと渇き、楽と苦、生と死といった二相の必然を説く。スマントラも同様に、万物の生起と止滅の理をもってシャトルグナを慰める。涙にくれ疲れ果てた兄弟は立ち上がり、残る葬送の務めを果たすよう促され、悲嘆をダルマの手順の中に収めてゆく。

26 verses | Bharata, Śatrughna, Vasiṣṭha, Sumantra

Sarga 78

अष्टसप्ततितमः सर्गः — Śatrughna’s Fury and Bharata’s Restraint (Mantharā Episode)

第78章は、アヨーディヤー宮廷の余波の中で「怒りをいかに治めるか」を示す一段である。悲嘆に沈むバラタがラーマのもとへ向けて出立しようとする時、シャトルグナは憤激して語る。衆生の帰依処たるラーマが、いかにして一人の女の企てで追放されたのか、ラクシュマナはなぜこれを覆さなかったのか、そして王はダルマとアダルマを量った後になぜ自制できなかったのか、と。 そこへ王家の衣と飾りをまとったマンタラーが宮門に現れ、門衛に捕らえられて、ラーマの森への追放とダシャラタの死の原因として差し出される。誓いに堅いシャトルグナも悲しみに呑まれ、報復を叫んでマンタラーを乱暴に引きずり、飾りは散り、宮殿は秋空のようにきらめく。マンタラーの仲間は逃げ去り、慈悲深いカウサリヤーのもとに庇護を求める。 シャトルグナの怒りはカイケーイーへの苛烈な糾弾にも及び、カイケーイーはバラタに守りを乞う。バラタは介入し、「女を殺してはならぬ」との規範を示して赦しを勧める。シャトルグナは、ラーマに「母殺し」と責められることを恐れねばカイケーイーを討つところだったと告げ、思いとどまってマンタラーを放す。マンタラーはカイケーイーの足もとに崩れ落ちて嘆き、カイケーイーはやさしく慰める—復讐と抑制、そして宮廷の憐れみが対照されて章は閉じる。

26 verses

Sarga 79

भरतस्य राज्यत्यागः तथा रामानयनप्रतिज्ञा (Bharata Rejects Kingship and Vows to Bring Rama Back)

十四日目の暁、王を宣し灌頂して立てる権限をもつ「王立ての者たち」が集い、ダシャラタの死後、国が無主となる危険を説いて、ただちに王位を受けるようバラタに迫る。さらに、アビシェーカ(abhiṣeka、灌頂・即位)のための諸具がすでに整っていることを告げる。 しかしバラタは誓いに揺るがず、アビシェーカの品々を恭しく右繞してから、その申し出を退ける。王権は家の正しい秩序により長子に属し、正統の王はラーマであると述べ、むしろ役目を入れ替えようと提案する。すなわち、自らが十四年のあいだ森の生活を耐え、ラーマを王として据えるべきだというのである。 続いてバラタは実務の準備を命じる。四部からなる軍を集め、灌頂の器具を先頭に運び、職人に道をならして整えさせ、険路を見極めることに長けた護衛を配する。民と評議会は吉祥の歓呼で応え、正当な継承者に国を返そうとするその志により、ラクシュミーの加護がバラタに宿るよう祈り、喜びの涙が全体の安堵を示す。この章は、正統性と儀礼の備え、そして国家の周到さを一つに結び、権威は機会ではなく、放棄とダルマへの忠誠によって確かめられると宣言する。

17 verses

Sarga 80

मर्गनिर्माणम् (Roadworks and the Royal Route Prepared for Bharata)

第80章は、行軍のための周到な準備と土木・建築の挿話である。権限を受けた役人たちは、測量・計量の者、掘削者、技師と建築家、大工、道路工、木こり、井戸掘り、塗り壁・白塗りの職人、竹細工の職人、監督者といった専門の組合を先遣し、バラタの通路と宿営地を前もって整えさせる。彼らは草木や巨石を除き、通れぬ地を平らにし、井戸や裂け目を埋め、必要な渡りには橋を架け、排水のために妨げとなる石を砕き割り、さらに水路や貯水の施設を迅速に築く。乾いた地では、円形の土手をめぐらした装飾ある飲み井戸を掘る。 やがて道は王の行列にふさわしい御道として美しく飾られる。モザイクの舗装、花咲く並木、鳥のさえずり、幟旗、白檀の香る水の散布、花の散華——そのさまは天の道、また月と星に飾られた夜空にも譬えられる。休息の地(nivēśa)は肥沃で心地よい場所に選ばれ、吉祥の星宿と吉時(muhūrta)に合わせて設けられる。砂の塁、濠、壁、館、旗を戴く高みなど、要塞めいた営の姿が現れ、宿営はまるでインドラの都のように見える。最後に一行は、冷たく澄んだ水と豊かな魚、木立の岸をもつジャーフナヴィー川Jāhnavī(ガンガーGaṅgā)へと至り、物語は具体的な聖地の地理に結び留められる。

22 verses

Sarga 81

एकाशीति तमः सर्गः — Bharata’s Grief, Courtly Summons, and the Assembly Hall

吉祥に始まる夜とされる nāndīmukhī の更けゆく頃、職業の詠唱者・語り部(sūtamāgadhāḥ)と見張りの楽器が、金の撥で打つ太鼓や数多の法螺貝によって、バラタを讃える儀礼の音景を作り出す。だが民の歓呼は、かえってバラタの悲嘆を深めた。すでに憂いに沈む彼は王位を示唆する気配を退け、演奏を止めさせ、シャトルグナに「自分は王ではない」と告げる。彼は都の禍をカイケーイーの所業に帰し、万人の守護者ラーマが追放された今、国運は舵なき舟のように漂うと嘆く。嘆きはついに彼を倒れ伏させ、奥宮の女たちは一斉に叫び声を上げた。 その一方で、王法(rajadharma)に通じたヴァシシュタは、ダシャラタの सभा(集会殿)へ入る。宝石をちりばめ黄金に輝くその殿は、インドラのスダルマーに譬えられる。柔らかな敷物を備えた黄金の玉座に座したヴァシシュタは、使者に命じて、ヴァルナの諸集団、重臣、将帥、王の近侍、さらにバラタ、シャトルグナ、ユダージト、スーマントラら善意の人々を急ぎ召集させる。人々は戦車・馬・象で続々と到着し大きなざわめきが起こるが、バラタが近づくと臣民はかつてダシャラタを迎えたように彼を迎え、 सभा は王が再び在すかのように輝いた—正統、記憶、そして民意の合意を結び合わせる光景である。

16 verses | Bharata, Vasiṣṭha, Śatrughna

Sarga 82

भरतस्य धर्मप्रतिज्ञा तथा रामनिवर्तनयात्रा (Bharata’s Vow of Dharma and the Expedition to Recall Rama)

第82章では、アヨーディヤーにおける正式なサバー(集会)が描かれ、月に譬えられる清らかな光と、列席する高徳の人々の輝きが語られる。ヴァシシュタ(Vasiṣṭha)は王の法(rājadharma)と王権移譲がすでに成ったことを引き、バラタ(Bharata)に灌頂を受けて「棘なき」国を治め、貢納に富む王国を享受せよと勧める。 しかしバラタは悲嘆と道義の嫌悪に打たれ、公然と、ラーマ(Rāma)の正当な統治を奪ういかなる考えも退ける。自分も国もラーマのものであると宣言し、母の行いに伴う罪を責め、王位受諾はイクシュヴァーク(Ikṣvāku)家の恥辱だと断ずる。そして、必ずラーマを連れ戻す、さもなくばラクシュマナ(Lakṣmaṇa)のように森に住むと誓う。集会はそのダルマにかなう言葉に、喜びの涙で応える。 実務としてバラタはスーマントラ(Sumantra)に命じ、諸将と軍勢の動員を進めさせる。斥候と道の守り手はすでに派遣され、家々と軍の部隊は車と獣を整え始める。ラーマを慰めて復位させ、世界の安寧を成就するための遠征準備が整えられていく。

32 verses

Sarga 83

अयोध्याकाण्डे त्र्यशीति तमः सर्गः — Bharata’s Departure and Encampment on the Gaṅgā (Śṛṅgīberapura)

第83章は、バラタが黎明に優れた戦車で出立し、ただラーマにまみえることを切に願う心に突き動かされているさまを語る。大臣と祭司たちは太陽のごとく輝く車で先行し、動員された王軍の規模—象軍・戦車隊・騎兵—が儀礼的な厳密さで数え上げられ、征服ではなく和解へと向けられた国家の力が示される。王妃たち(カイケーイー、スミトラー、カウサリヤー)は華麗な乗り物に乗り、市民もまた連帯して後に続き、ラーマの徳を語り合って悲嘆を鎮める。 さらに本章は、職能集団—職人、商人、奉仕の者、芸能の者、漁師—を列挙し、アヨーディヤーの都市全体が関わる広がりと社会の織り目を描き出す。長い旅ののち、一行はシュリンギーベラプラ近くのガンガー河畔に到り、ラーマの盟友グハの領地が、警戒を怠らぬ善政の地として示される。鳥の集う川辺で軍は停まり、バラタは大臣に便宜に従って宿営するよう命じ、翌日の渡河を定め、亡き王のために水の供養(タルパナ)を行おうとする。章末でバラタはラーマを迎え戻す方途を思案し、政治の営みをダルマの回復という倫理的な復元として位置づける。

26 verses | Bharata

Sarga 84

गुहस्य सन्देहः, गङ्गातीर-रक्षा, भरतस्य सत्कारः (Guha’s Suspicion, Securing the Ganga Bank, and Hospitality to Bharata)

第84章では、聖なるガンガー河畔で緊迫した場面が描かれる。ニシャーダ族の長グハは、旗印を掲げたバラタの軍勢が川沿いに陣を敷くのを見て、当初それを流浪の身となったラーマへの脅威と疑う。バラタは川の民を縛し、あるいは殺すために来たのではないか――そうした戦略的懸念を口にし、漁夫と河の守りに持ち場を固めさせ、さらに五百艘の舟を、装備を整えた乗り手とともに即応できるよう準備させる。 グハの判断は条件付きで明確である。もしバラタがラーマに対して悪意なきことが確かめられるなら、その日のうちに軍は安全に渡河できる。やがて事情が明らかになると、グハは魚・肉・酒の供物を携えてバラタに近づき、家僕の家に宿泊するよう願い、自らの領分を従属の地として恭しく迎える。スマントラが外交の仲介となり、グハがラーマの年長の友であり、ダンダカ地方にも通じることを告げて謁見を勧めることで、疑念は同盟へと転じ、ガンガーの渡しはダルマに則って統制され、合意のもとに確保された通路となる。

18 verses

Sarga 85

भरत-गुहसंवादः (Bharata and Guha: Trust, Hospitality, and the Burden of Grief)

第85章は、バラタとニシャーダ族の長グハとの、疑念を解き安全な通行を得るための周到な対話を描く。ガンガーの険しい地を越えてバラドヴァージャ仙のアーシュラマへ向かうにあたり、警戒するグハは、バラタの大軍がラーマへの敵意を隠しているのではないかと問いただす。バラタは穏やかに、ラーマは自らが敬う年長者で「父に等しい」存在であると述べ、目的はただラーマを連れ戻すことだと明言して、疑いを捨てるよう促す。 やがて話題は、もてなしと盟約のダルマへ移る。バラタは全軍を迎えようとするグハの高貴な心を讃え、喜ぶグハはバラタの出離の志を称えて、末永い名声を予言する。日が傾き夜が訪れると、バラタは野営し、シャトルグナとともに休む。 章末では、山と森の火災の譬えによってバラタの悲嘆が内面から描かれる。悲しみは内なる炎となって汗を生じ、心を熱し、思いを乱すが、グハはラーマを念じつつ慰めの言葉を尽くす。

22 verses

Sarga 86

लक्ष्मणगुणवर्णनम् — Lakshmana’s Vigil and Guha’s Testimony

第86章は、河畔での一夜の警護と嘆きのうちに展開し、森の長グハ(Guha)がバラタにラクシュマナ(Lakṣmaṇa)の徳を語る。グハはまず、ラクシュマナがラーマ(Rāma)を守るためだけに、武器を携え、終夜眠らずに見張り続けたことを告げ、用意した寝床を差し出して、守りを伴うもてなしと盟友の務めを示す。その言葉は、忠誠を「武器を手にし眠りを退ける」という身体の鍛錬として、またラーマへの奉仕によって名声とダルマ(dharma)を得る倫理の道として描き出す。 やがて哀切が深まる。ラーマがシーター(Sītā)とともに草の上に横たわるのを思い、バラタは眠ることができない。戦場で無敵のラーマが、追放の地で自ら清苦を選ぶことを対比し、さらにダシャラタ(Daśaratha)の死が近いこと、宮廷が疲れ果てた喪に沈むことを予感して、王を失った「寡婦の大地」という像を心に描く。 夜明け、バギーラティー(Bhāgīrathī)の岸で、ラーマとラクシュマナは苦行者のしるしとしてジャター(jaṭā:もつれた髪)を結ぶ。グハが舟で彼らを渡し、三人は樹皮衣をまとったシーターを伴い、武装しつつも警醒のまま旅立つ—クシャトラの力(kṣātra)が出離の追放へと向けられた聖なる姿である。

25 verses | Guha, Bharata

Sarga 87

गुहसंवादः—रामस्य रात्रिवासवर्णनम् (Dialogue with Guha: Account of Rama’s Night Halt)

この章では、グハの言葉を聞いたバラタは極度の悲嘆に沈み、ひととき息を整えても再び嘆きの波に倒れる。シャトルグナは彼を抱きしめ、悲しみのあまり気を失う。そこへ断食でやつれ、憂いに沈むバラタの母たちが集まり、倒れたバラタを取り囲む。とりわけカウサリヤーは母の慈愛をもって抱き寄せ、健康と王家の支えとしての務めを案じ、ラーマとラクシュマナについて「少しも不吉なことを聞いていない」との確かな言葉を求める。 やがてバラタは心を鎮めてカウサリヤーを慰め、グハに問う。ラーマ、シーター、ラクシュマナはどこで夜を過ごし、何を口にし、どのような床で眠ったのか。グハは喜びつつもてなしの次第を語る。多くの食物や果実、供物を差し出したが、ラーマはクシャトリヤのダルマを思い、贈り物を受けず、友情の教えとして「与えるべきであって、受け取るべきではない」と諭したという。 ラーマはラクシュマナが汲んだ水を飲み、シーターとともに斎戒して断食を守った。ラクシュマナは残りの水で渇きを癒やし、三人は言葉を慎んでサンディヤーの礼拝を行う。その後ラクシュマナはダルバ草を運び、吉祥の敷物を整え、ラーマとシーターの足を洗って離れた所で夜通し護衛した。グハもまた武装した一族とともにラクシュマナの近くに立ち、マヘーンドラのごときラーマを守り続ける。本章は兄弟への篤い帰依、客を迎える法、クシャトリヤの倫理、そして森の苦行生活の規律を織り合わせて描く。

23 verses

Sarga 88

रामशय्यादर्शनम् — Bharata Beholds Rama’s Forest Bed

この章でバラタは、グハの報告を聞いたのち、群臣を伴ってイングディー樹のもとに至り、ラーマが地に伏して眠った草の寝床が踏みしだかれているのを目の当たりにする。母たちに語りかけつつ、彼はその光景を倫理的省察へと昇華させる――それは夢のように非現実であり、カーラ(時/宿命)が世のあらゆる支えを凌駕する証しだと受け取る。 寝床に残る金粉や絹糸の痕から、シーターの在りしことを悟り、装身具や衣が触れたのだと推し量る。こうした具体の痕跡が、王者の清貧と苦行の哀切をいっそう深める。バラタは、金銀の床、香、音楽、讃歌に満ちた宮殿の栄華と、裸の大地に眠る現在の艱難とを対比し、この境遇を招いたのは自分だと自責する。 彼はラクシュマナの忠誠を讃え、夫に従って森へ赴いたシーターの志が成就したことを認める。さらに政治の相も現れ、ダシャラタの崩御とラーマ追放ののち、国は舵なき船のようだとして、アヨーディヤーが守り薄く士気も衰え危ういと嘆く。章末、バラタは誓う――ラーマの誓願を守るため自らも苦行者の生を取り、必要なら森に住み、ラーマが復帰と回復を受け入れるまで嘆願を続ける、と。

30 verses | Bharata

Sarga 89

गङ्गातरणम् — Bharata’s Ferrying of the Army across the Ganga

一行はガンガーの岸、かつてラーマが宿営したのと同じ地で夜を明かした。夜明けにバラタは起き、進軍する大軍の渡河を整えるため、ニシャーダ族の長グハを呼ぶようシャトルグナに促す。シャトルグナは、すでに目覚めてラーマを思い沈んでいたところだと答え、折しもグハが合掌して来訪し、軍勢の安否を尋ねる。 ラーマの御心に従うバラタは、グハの漁民に舟で渡してほしいと願い出る。グハは直ちに一族へ命じ、舟を水辺へ引き下ろし、王命として四方から五百艘を集めさせた。鈴を垂らし、帆と旗を備え、堅牢に造られた華麗な「スヴァースティカ」舟も含まれ、グハ自身は白い天蓋を戴く吉祥の舟を携えて来た。 乗船は儀礼と身分の順に行われる。まず祭司とバラモン、次いでバラタとシャトルグナ、さらに王妃たち—カウシャリヤー、スミトラー、その他の王家の女性—、その後に車両と糧秣である。陣を解き荷を積む喧噪の中、船団は速やかに進み、ある舟は女性を、ある舟は馬や役畜、宝物を運ぶ。乗れぬ者は筏や壺を浮きにして、あるいは泳いで渡り、旗を掲げた象たちは象使いに促され、旗頂の山のように水を踏み越えた。 吉祥なるマイトラ・ムフールタに渡り終え、軍はプラヤーガの森へ至る。バラタは軍勢を野営させ、祭司らを伴って高名な聖仙バラドヴァージャを拝し、そのアーシュラマの愛らしい庵と木立の美を目にする。

23 verses

Sarga 90

भरद्वाजाश्रमगमनम् (Bharata at Bharadvāja’s Hermitage)

第90章は、バラタがバラドヴァージャ仙のアーシュラマへ近づく様を、謙虚さと真意の表明として周到に描く。庵を一クロ―シャの距離に望むと、彼は全軍を止め、王の武器や徽章を外し、重臣らと徒歩で進み、家の祭司ヴァシシュタを先頭に立てる。これは祭儀の権威への敬意と、威圧の意図がないことを示すしるしである。 バラドヴァージャは修行者の作法に従い、アルギャ(arghya)と足洗いの水(pādya)、果物をもって迎え、アヨーディヤーの安泰を問うが、ダシャラタの名をあえて口にせず、王の崩御を知っているかのようである。ラーマへの愛ゆえに来意を強く問い、バラタが追放されたラーマとラクシュマナを害して妨げなき統治を求めるのではないか、という疑念を言葉にする。 バラタは深い悲しみのうちに答え、己の不在中に母が行ったことを退け、目的はラーマの御足を礼拝し、アヨーディヤーへ帰還していただくよう願い出ることだと明かす。試してのち真心を認めたバラドヴァージャは、バラタの自制と師への帰依(guru-bhakti)を讃え、ラーマがシーターとラクシュマナと共にチトラクータに住むことを告げ、翌日の出立に備えて一夜の逗留を求める。

24 verses

Sarga 91

भरद्वाजाश्रमे भरतसैन्यस्य दिव्यात्मिथ्यम् / Divine Hospitality to Bharata’s Army at Bharadvaja’s Hermitage

第91章は、王権の場と苦行者の聖域とが儀礼的に交わる場面を描く。バラタはバラドヴァージャ仙のアーシュラマに一夜逗留することを決め、聖仙は清浄なるもてなしを授ける。仙が「なぜ軍を遠くに留めたのか」と問うと、バラタは、林住の静けさ—樹木・水・土地・庵—を乱すことを恐れ、ゆえに単身で先に来たのだと答え、タパスに生きる共同体の近くでは王は自制すべきだという道理を述べる。 仙の命により軍勢が呼び寄せられる。バラドヴァージャは火堂(アグニシャーラー)に入り浄めを行い、ヴィシュヴァカルマンとトヴァシュトリを招いて必要な備えを創出させ、さらに方位の守護神、諸河、ガンダルヴァとアプサラス、クベーラの天の森、そしてソーマを呼んで食と飲の豊饒を祈請する。すると涼風、花雨、楽音と律動の響きといった天瑞が現れ、軍は、平らに整えられた地、実り豊かな樹々、天なる河、厩舎、門楼、宝玉に満ちた王者の館という、ヴィシュヴァカルマンの造営した景観を目の当たりにする。 物語は供給の列挙へと広がり、パヤーサの流れ、住まい、幾千の女性とアプサラス、ガンダルヴァ王たちの音楽、沐浴と塗香、獣の飼養、そして食物・器具・衣服・装備の莫大な蓄えが示される。兵たちは夢のように驚嘆し、夜通し歓待を受けて憩う。朝になると召された者たちは許しを得て去り、香りと花鬘の余韻だけが残る。本章は、もてなし(アーティティヤ)が武の力を規律へと結びつけるダルマの働きとなり得ること、また苦行の住処の神聖さと、それを損なわぬ王の責務を明らかにする。

84 verses

Sarga 92

भरद्वाजाश्रमात् चित्रकूटमार्गनिर्देशः — Directions from Bharadvaja’s Hermitage to Chitrakuta

バラドヴァージャ仙のアーシュラマにて手厚いもてなしを受けたのち、バラタは大勢の従者を伴い、礼を尽くして暇乞いし、ラーマに至るための確かな道筋を求めた。仙は地勢を説く。チトラクータはおよそ三ヨージャナ半の彼方、寂寥たる森にあり、その北には花咲く樹々に縁どられたマンダーキニー川が流れる。川を越えた先に山がそびえ、そこにラーマとシーターが葉の庵に住むという。軍勢には南、あるいは南西の道を進み、ラグハヴァに会うよう指示した。 出立を聞くと、ダシャラタ王の后たちは車を降りて聖仙に近づいた。カウシャリヤーとスミトラーは悲嘆を隠せず、カイケーイーは恥に沈む。バラタは母后たちを一人ずつ示し、カウシャリヤーをラーマの母として讃え、スミトラーをラクシュマナとシャトルグナの母と告げ、カイケーイーを災厄の根と見なして責めた。だがバラドヴァージャ仙は洞察の教えを授け、カイケーイーに罪を帰すべきではないと諭し、ラーマの流離はやがて神々・アスラ・聖仙たちの安寧をもたらすと語った。 バラタは仙を恭しく右繞して礼拝し、車馬の支度を命じる。かくして軍勢は南へ進発し、象隊・戦車・歩兵・王族の女たちは、ガンガーの彼方の森と河畔の地を、立ちのぼる雲のごとく進みゆく。

39 verses

Sarga 93

चित्रकूटमार्गवर्णनम् — Bharata’s Army Reaches Chitrakuta and Searches for Rama

第93章は、バラタが正義の心をもって、四軍から成る大軍を率い進軍するさまを描く。その行軍は森の音と生態を一変させ、象や鹿は散り、鳥は沈黙し、舞い上がる塵も風にたちまち払われる。 やがて叙述は地理の認知へ移り、バラタはチトラクータ山とマンダーキニー川を見定め、稜線や花咲く樹々、獣に満ちた斜面を、雲・海の波・秋の空といった重ねられた譬えで語る。シャトルグナに向かい、この地は本来険しいが、修行者たちの清らかな住まいによって親しみ深く見え、「天へ通う道」のようだと強調する。 続いて実際の目的として、バラタは節度ある捜索を命じ、軍を止め、自らはスーマントラとヴァシシュタとともに先へ進む。斥候は煙の柱を見て、人の住まいがあると推し量る—人なき所に火は保てないゆえ、ラーマとラクシュマナが近い(あるいは彼らに似た修行者がいる)と判断する。章は、再会が間近いことへの抑えた期待と喜びで結ばれ、自然描写が倫理的な自制と、目的ある統治の姿勢へと結び合わされる。

27 verses | Bharata

Sarga 94

चित्रकूटवर्णनम् (Description of Chitrakūṭa) / Rama Shows Sita Chitrakuta

第94章では、ラーマがチトラクータ山を、自然への眼差しと倫理(ダルマ)を併せ持つ連続的なヴァルナナとして讃え描く。長くこの山に住み、森の暮らしを愛するようになった彼は、シーターを喜ばせ、同時に自らの心を鎮めるために、「驚異の」チトラクータを示す。それは、インドラがシャチーに奇瑞を見せるかのようであり、彼は山の美に照らして、流謫は心を痛めるものではないと捉え直す。 続いてラーマは山の相を列挙する。鉱石のように輝く峰々、害意なき獣たち、花と実に満ちた濃密な林。さらに、枝に掛けられた衣や剣といった安らぎの痕跡から、キンナラやヴィディヤーダリーの気配さえ暗示される。滝や泉、香り高い風の吹き出す洞窟があり、視覚・香気・音が織りなす霊妙な地勢が描かれる。 この感覚的描写にダルマの言葉が重なる。ラーマは、シーターとラクシュマナと共にここに住めば悲しみは溶け去ると語り、森住まいの「二つの果」を示す――父の命に正しく従うこと、そしてバラタに喜びをもたらすこと。章末では、森の生活が王の没後の安寧にとって甘露のごときものと高められ、根・果・水の豊饒においてチトラクータは天界の範例すら凌ぐと結ばれる。

27 verses | Rama

Sarga 95

मन्दाकिनीनदीदर्शनम् (The Vision of the Mandākinī at Citrakūṭa)

第95章では、チトラクータの山を下ったラーマが、シーターの眼差しを聖なるマンダーキニー川へと導く。色とりどりの砂州、蓮に満ちた水面、花咲き実を結ぶ樹々が群がる岸辺を示し、その美を財宝神クベーラの湖ナリニーに比べて讃える。 本章は自然の観照と修行の作法とを結び合わせる。リシたちは定められた時刻に沐浴し、他の苦行者は両腕を高く掲げて太陽を礼拝し、この景観が戒律ある宗教生活の場であることを示す。風に揺れる梢は山を「舞う」かのように見せ、散り落ちた花は水面に浮かぶ塊となり、甘い声のチャクラヴァーカ鳥がそこにとまる。 ラーマは追放を、より優れた生のあり方として語り直す。シーターと共にチトラクータとマンダーキニーを眺めることは、アヨーディヤーに住むことにも勝るという。彼は川へ「友のように」入るよう彼女を誘い、マンダーキニーをサラユーに、山をアヨーディヤーに見立てる。章末は、質素な食、日に三度の沐浴、寄り添う伴侶というダルマの安らぎに満ち、王国と都への欲は静かに鎮まる。

19 verses | Rama

Sarga 96

चित्रकूटे सैन्यधूलिशब्ददर्शनम् (Alarm at Chitrakūṭa: Lakṣmaṇa sights the approaching army)

チトラクータにて、ラーマはシーターに山の河マンダーキニー(Mandākinī)を示し、家の祭儀の趣で、彼女の傍らに座して焼いた肉を供える。ところが、天に届くほどの砂塵と、近づく勢力の轟きが静けさを破り、象の群れの首領をはじめ森の生きものたちは恐れ惑う。 ラーマはラクシュマナに偵察を命じる。これは王の狩猟か、あるいは危険な獣かもしれぬゆえ、山が近づき難くとも迅速かつ正確に見定めよ、と諭す。ラクシュマナは花咲くシャーラ樹(śāla)に登って四方を見渡し、戦車・馬・象・歩兵・旗印を備えた、整然たる大軍を認める。彼は直ちに備えを勧め、聖火を消し、シーターを洞窟に守り置き、弓に弦を張り、矢を整え、鎧を着けるべきだと言う。 ラーマが「誰の軍か」と問うと、ラクシュマナは燃え立つ火のごとく憤り、戦車の旗にコヴィダーラ樹(kovidāra)の印があるのを根拠に、バラタ(Bharata)が王位を争いなく得るため敵意をもって来たのだと誤解する。この章は、牧歌的な流離の暮らしと、突如として迫る政治・軍事の不安とを対置し、偵察の要、抑制と怒りのせめぎ合い、そして不完全な情報に基づいて行動する倫理的危うさを示す。

31 verses | Rama, Lakshmana

Sarga 97

भरतागमनशङ्कानिवारणम् / Dispelling Suspicion about Bharata’s Arrival (Chitrakuta Encampment)

第97章では、チトラクータ近くに迫る軍勢を見て怒りと疑念に呑まれたラクシュマナを、ラーマが沈着に諭して鎮める。ラーマはダルマに即して推論し、バラタは本来兄弟への愛情に厚く、命にも勝って大切な者であり、追放を知った後にこそ、家系の法(クラー・ダルマ)と悲嘆に突き動かされて来たのであって、敵意からではないと説く。さらに、親族への暴力によって得た王国は毒の混じった食のように道徳的に汚れ、受け入れられないと断じる。 ラーマはバラタへの辛辣な言葉を禁じ、それは結局ラーマ自身をも射る言葉になると言う。兄弟殺しや父殺しは、いかなる災厄の中でも思いもよらぬことだと示し、もしラクシュマナが王権を案じるのなら、ラーマはバラタに頼んでそれをラクシュマナへ譲らせよう—バラタは必ず承知する、と反語的に試す。 恥じ入ったラクシュマナは推断を改め、一瞬ダシャラタが来たのではとさえ思う。馬の列、象シャトルンジャヤ、そして王家の白い天蓋が見えないことなどが、情景に曖昧さを残す。章末では、バラタが混雑を禁じ、軍が山を囲んで規律正しく宿営するさまが描かれ、統治における謙虚さとダルマが前景化される。

31 verses | Rama, Lakshmana

Sarga 98

चित्रकूटप्रवेशः — Bharata Enters the Forest Toward Chitrakuta

軍勢を定められた場所に宿営させたのち、バラタは王者の威容を誇るのではなく、謙虚さと父への孝、そしてダルマにかなう志を示すため、徒歩でラーマに近づくと決意する。彼はシャトルグナに、人々と狩人の一隊を率いて森を手早く偵察するよう命じ、また武装したグハには千人の親族を伴わせ、樹林の奥でラーマを捜させた。 バラタは次々と誓願を立てる。ラーマ、ラクシュマナ、シーターに会うまでは安らぎを得ないこと、月のように明るく蓮華の眼をもつラーマの御顔を拝するまでは安らがぬこと、王者の瑞相を備えたラーマの御足を頭上に戴くまでは安らがぬこと、そして祖先伝来の王国の正統の継承者であるラーマが灌頂によって確立されるまでは心を鎮めないことを。 やがて物語は地勢と讃嘆へ移り、チトラクータは祝福された地、山々の王にも比すべきものとして称えられ、森は武器を帯びて輝くラーマを迎えたゆえに「成就した」と語られる。バラタは山腹の花咲く木立を進み、庵の火から立ちのぼる高い煙の旗を見つけ、彼岸に達した者のように親族と歓喜する。軍を遠くに留め、グハとともにチトラクータの清らかな庵へ急ぎ向かう。

18 verses | Bharata

Sarga 99

चित्रकूटप्राप्तिः — Bharata Reaches Chitrakuta and Beholds Rama

第99章は、バラタがチトラクータ近くの森にあるラーマの住まいへと至る最後の道程を描き、流謫の痕跡が風景そのものを道標とする。軍を野営させたのち、バラタは先を急ぎ、ヴァシシュタに王妃たちを伴って来るよう命じる。道すがら彼は、庵の周りの物と自然の徴によってアーシュラマを見定める。小屋近くの割れた薪と集められた花、寒さに備えて積まれた牛糞の乾餅、そして樹々に付された道標—クシャ草や樹皮の帯、さらには異なる時刻に移動する際の識別として高く結び付けられた樹皮衣である。さらにマンダーキニー河の近さと、修行者の常火から立つ濃い煙によって、その所在を確信する。 悔恨に胸を衝かれたバラタは、マハールシのごときラーマとの対面を思い、王者の威儀が逆転したことを嘆く—ラーマが人里離れた森で、勇士坐(vīrāsana)のまま地に座しているからである。やがて彼は、儀礼と武のイメージで語られるパルナシャーラー(葉の庵)を目にする。葉で覆われてヤジュニャの祭壇のようであり、弓、陽光のように輝く矢を収めた矢筒、銀の鞘の剣、盾、イグアナ皮の指守りで飾られ、「獅子の洞穴」のように難攻不落である。さらに北東に傾く聖なる祭壇と、燃え続ける火も見える。 ついにラーマが現れる。羚羊皮と樹皮衣をまとい、火のように光り、シーターとラクシュマナとともにダルバ草を敷いた地に座し、永遠のブラフマーにも譬えられる。バラタは涙ながらに駆け寄り、幾度も「アーリヤ」と呼びつつ、御足に届く前に崩れ落ちる。ラーマはシャトルグナとともに彼を抱きしめる。さらにスーマントラとグハも加わり、森の住人たちはその場に立ち会って、喜びではなく哀切の涙を流す。

42 verses | Bharata

Sarga 100

शततमः सर्गः — Rāma Questions Bharata on Rājadharma (Governance, Counsel, and Public Welfare)

第100章では、ラーマは、もつれた髪に樹皮の衣という苦行者の姿となったバラタが、合掌して地に倒れ伏すのを目にする。その姿は、宇宙の滅尽における耐え難い太陽に譬えられる。ラーマはやせ衰えた弟を抱き起こし、慈愛と厳粛さをもって、長い問いかけを始める。 彼は「kaccit(願わくは…/そうであるか)」を繰り返し、まず家族の安否—ダシャラタの様子、王妃たちのこと、そしてヴァシシュタや祭司への敬い—を確かめる。続いて王の法(ラージャダルマ)を点検するように、密議の選び方と秘匿、適任の大臣・将帥の登用、間者による情報収集、罪に応じた刑罰、財政の節度、城塞の備え、軍への俸給の適時支給を問う。 さらに、農耕と牛の富の保護、君主が民に近く開かれていること、公平無私の裁きが行われていることを重ねて説く。無神論的な詭弁を戒め、避けるべき王の過失を列挙し、勝利の根は、聖典(シャーストラ)に照らされた秘かな助言にあると強調する。この章は兄弟の情に包まれた簡潔な統治論として結ばれ、正しい統治は天界への上昇をもたらすと示される。

76 verses | Rāma

Sarga 101

भरतस्य धर्मनिश्चयः — Bharata Affirms Lineage-Dharma and Urges Rama’s Coronation

このサルガにおいてバラタは、ラーマの言葉に応えて自らを責める。兄がなお生きているのに王位を受けるなら、それはダルマ(法)からの堕落である、と。彼はイクシュヴァーク王統に伝わる不変の家法を挙げる――長子が立つかぎり、弟が正当に王となることはできない。 ゆえにバラタは、ラーマに繁栄するアヨーディヤーへ共に帰還し、王の灌頂・即位を受けて王家の安寧を守るよう強く勧める。また統治の神学を語り、王をただの人と見る者がいても、バラタは、王の行いと政道がダルマにかない常人の力を超えるかぎり、その王は「神聖」であるとみなす。 やがて話は喪へ移る。バラタは、彼がケーカヤにいる間にラーマが森へ去り、ラーマがシーターとラクシュマナを伴って旅立った直後、祭祀に励み徳ある者に敬われたダシャラタ王が悲嘆に圧されて天に昇ったと告げる。バラタはラーマに起ち上がり、父王への水の供養(献水)を捧げるよう求め、愛する子の供えは祖霊の世界で朽ちぬものとなると言う。サルガは、ダシャラタの最期の心がラーマにのみ結ばれていたこと、そして死が悲しみと慕情の極みにほかならなかったことを強調して終わる。

9 verses

Sarga 102

पितृमरणश्रवणं जलक्रिया च (Hearing of Daśaratha’s death and the libation rites at Mandākinī)

このサルガは、喪失の衝撃と、言葉から直ちに儀礼の行為へ移るさまを描く。バラタがダシャラタ王の死を告げると、ラーマはその報に打たれて気を失い、斧で倒された花咲く樹、あるいは雷撃の衝撃に譬えられる。やがて意識を取り戻したラーマは、ダルマに即した省察として悲嘆を語る。主なきアヨーディヤーへどう戻るのか、父の最後の儀礼を自ら行えなかったことを嘆き、父が他界した今、誰が自分を導くのかと自問する。 ラーマは、バラタとシャトルグナが王に対して完全な葬送の儀(antyeṣṭi)を尽くしたことを認め、ついでシーターとラクシュマナにも訃報を伝える。兄弟は涙を分かち合い、スーマントラの導きで吉祥なるマンダーキニーのティールタへ赴く。彼らは南方—ヤマの方角—に向かってウダカ(水の供養)を捧げ、ダルバ草の上に、イングディの果肉をバダリーの実と混ぜたニヴァーパ/ピンダの供物を供えて儀礼を終える。 嘆きの騒ぎを聞いた人々とバラタの兵は庵へ駆け寄り、鳥獣までもが驚くと描かれて、悲しみは共同体と自然界にまで響き渡る。こうして本章は、情の崩れのただ中にあっても、マリヤーダ(守るべき規範)が保たれ、悲嘆が義務としての儀礼へと結晶することを示す。

49 verses

Sarga 103

पिण्डदानदर्शनम् — The Queens Behold Rama’s Śrāddha Offering

ヴァシシュタ(Vasiṣṭha)はマンダーキニー河畔のティールタ(tīrtha)へ徒歩で進み、ラーマに会いたいと切望するダシャラタ王の后たちを導く。一行は、ラーマとラクシュマナが常に沐浴した場所に到着する。涙にくれ、悲嘆で衰えたカウシャリヤー(Kauśalyā)は、森の縁の聖地を指し示し、追放された三人が苦難のうちに住まわされたことを嘆く。さらに、ラクシュマナがラーマのために水を汲み続ける疲れ知らずの奉仕を語り、彼が卑しい労苦から免れるよう願う。 やがてカウシャリヤーは、南向きに穂先をそろえたダルバ草(darbha)の上に置かれたピンダ(piṇḍa)—イングディー(iṅgudī)の果肉で作った団子—を目にする。これはラーマが父王に、シュラッダ(śrāddha)の作法に従って捧げた供物であった。かつての帝王の豪奢と、森の質素な供養との落差が彼女の嘆きを誘い、「神にも似た」王にこの食がふさわしいのかと疑い、ラーマの境遇の落ちぶれほど痛ましいものはないと言う。続いて「人の食がそのまま神々の食となる」という諺が思い起こされ、ここでは悲しくもそれが証し立てられたと感じられる。 后たちはカウシャリヤーを慰め、庵(āśrama)にいるラーマを拝する。彼は光り輝きながらも、「天より落ちた神」のようであった。母たちは泣き、ラーマは立ち上がって恭しくその足に触れ、彼女たちは背の塵をぬぐう。ラクシュマナもまた礼拝し、后たちはラーマと同じ母の情を彼にも注ぐ。悲しみに沈むシーター(Sītā)は姑たちの足にすがり、カウシャリヤーは娘のように抱きしめてその苦難を嘆き、悲嘆を、アラニ(araṇi)で起こした火が自らの支えを焼き尽くすものに譬える。 その後ラーマはヴァシシュタの足を抱いて座し、バラタ(Bharata)は合掌して近くに座る。人々は彼が何を語るのかと見守る。友に囲まれたラーマ、ラクシュマナ、バラタの三人は、祭官に囲まれた三つの祭火のように輝いていた。

32 verses | Kauśalyā, Vasiṣṭha, Rāma (non-verbal reverence/actions emphasized), Bharata (anticipated speech; curiosity noted)

Sarga 104

भरतस्य प्रार्थना—रामस्य धर्मोपदेशः (Bharata’s Petition and Rama’s Dharma-Reasoning)

このサルガは、王位継承、罪責、そして命令への服従をめぐる緊密な対話である。ラクシュマナの同席のもと、ラーマはバラタを慰めたのち、なぜ苦行者の装いで来たのかと問う。バラタは、ラーマ追放という「あり得ぬ行い」ののちにダシャラタが崩御したことを告げ、カイケーイーの扇動を非難し、寡婦となった王妃たちと民を満たすため、ただちにラーマの灌頂・即位を願い出る。彼は長子の権、民意、重臣の支持を根拠として訴え、ひれ伏してラーマの御足を取り、正式な帰順を示す。 ラーマはバラタの高潔を称え、彼に咎はないと断言する。さらに、母を幼い心で責めるべきではないと諭し、妻や子に対する長者の裁量について説くシャーストラの教えを引く。何よりも、親の命は守られるべきであるとし、ダシャラタが公に定めた「分配」—バラタがアヨーディヤを治め、ラーマは十四年ダンダカに住む—を父の言葉としてpramāṇa(権威ある規範)と受け取り、個の望みよりもダルマの主権を保つ。

27 verses

Sarga 105

भरतस्य प्रार्थना—रामस्य कालधर्मोपदेशः (Bharata’s Petition and Rama’s Instruction on Time and Mortality)

第105章は、四兄弟が人々に囲まれつつ一夜を通して共に嘆き悲しむ場面から始まる。夜明けに彼らはマンダーキニー河畔で諸儀礼を終え、再び集う。沈黙ののち、バラタはラーマに訴える。王国を返上してラーマにお返ししたい、ラーマなくして国は保てない、と述べ、自らの不適を鮮やかな譬えで語る。とりわけ、丹精して育てた木が花は咲かせても実を結ばぬという喩えを用い、ラーマが王位を受けねばダシャラタの生涯の望みは成就しないと示す。さらにアヨーディヤーの民心を引き、組合や臣民が太陽のごとく即位するラーマを仰ぎ、王象が鳴き、宮中の女たちが歓喜する光景を思い描く。 ラーマはバラタを慰めつつ、時の法(kāla-dharma)について長く説く。人のはたらきは限られ、運命は衆生を相反する方向へと引き、世のあらゆる結合は終わりを迎える—富は尽き、栄達は下り、会合は別離となり、命は死に至る。無常は自然の譬えによっても確かめられる。熟した果は必ず落ち、堅固な家も朽ち、過ぎた夜は戻らず、河はただ前へ流れ、昼夜は夏の日が水を乾かすように寿命を削ってゆく。死は離れがたい伴であり、嘆きは理において益なきものだと示される。 章末でラーマは、ダシャラタの命に従い森に住む決意を堅くし、バラタにはアヨーディヤーへ戻って王の務めを守るよう勧める。賢者は、いかなる境遇にあっても嘆きを避けるべきだと結ばれる。

46 verses | Bharata, Rama

Sarga 106

भरतवाक्यं—रामस्य पुनरायोध्यागमननिषेधः (Bharata’s Plea and Rama’s Refusal to Return)

マンダーキニー河のほとりで、ラーマが含意深い言葉を述べたのち、バラタはダルマに基づく論を重ねて長く嘆願する。彼はラーマの平静と、常に人に諮る習わしを讃え、カイケーイーの過ちが「自分のために」なされたことを告白しつつ、母への義とダルマの絆ゆえに彼女を罰し得なかったと語る。 バラタは道徳的な難題を示す――高貴なるダシャラタの子が、どうして自ら知りつつアダルマを行えようか。だが同時に「死に臨む者は惑う」という諺を引き、父王の過失は怒り・迷妄・軽率から生じたのだろうと述べる。そして、父の過ちを正すことこそ真の子の道であり、過ちを追認することではないとして、ラーマに父の違背を「正して」帰還するよう促す。 さらに彼は、母たち、親族、友、都と郷の民(プラジャ)にまで及ぶ国の安寧を挙げ、即位こそがクシャトリヤの第一の務めであり、民を守る根本であると説く。森の苦行(ジャター、アラニヤ)と統治を対比し、先の見えぬ来世の功徳よりも目前の王の責務を重んじるべきだと問い、祭司と長老にその場で灌頂を行うよう願う。人々はバラタの言葉に同意するが、ラーマはダシャラタの命に固く従い、帰都を拒む。見守る者たちは悲しみつつも、その不動の誓いに深く敬服する。

35 verses | Bharata, Rama

Sarga 107

पितृवाक्यपालनम्, गयाश्रुति-उपदेशः, भरतस्य राज्यग्रहण-निर्देशः (Rama’s Counsel on Vows, the Gaya Śruti, and Bharata’s Return to Rule)

アヨーディヤー・カाण्डा第107章において、親族の中で敬われるラーマは、バラタの重ねての訴えに答え、カイケーイーを母とするダシャラタの子としての彼の立場が正しく、ダルマにかなうことを認める。さらにラーマは義務の連鎖を説き明かす。すなわち、カイケーイーとの婚姻の折にダシャラタが立てた先の約束、のちにデーヴァとアスラの争いでの奉仕に報いて与えられた恩寵、そしてカイケーイーがバラタの即位とラーマの森への追放を求めたこと、である。 ラーマは自らの森林住まいを誓願の成就として位置づけ、ダシャラタの真実(誓いの言葉)を守るためにも、バラタが速やかに戴冠を受けて同じ道義の円環を完成させよと勧める。また「王の負債を解き放て」—果たされぬ誓いの重荷を取り除け—と命じ、父母への孝養を尽くすよう諭す。 孝の必然を強めるため、ラーマはガヤーに関わるシュルティを引き、「プトラ(子)」とは“プト”という地獄から父を救い、祖先を護る者であると説く。ゆえに多くの子を望むのは、少なくとも一人がガヤーで祖霊の儀礼を行うためだという。結びに、統治の実務と心の慰めを与え、バラタはシャトルグナと二度生まれ(バラモンら)と共にアヨーディヤーへ帰り、民を安んじよと命じる。ラーマ自身はシーターとラクシュマナを伴いダンダカへ入る—人々を治めるバラタと、森を守るラーマという相補う主権として、それぞれにふさわしい「蔭」(王傘と樹木)に守られ、真実によって結ばれるのである。

19 verses | Rama, Bharata (addressed)

Sarga 108

जाबाल्युपदेशः — Jabali’s Pragmatic Counsel to Rama

この章では、名高いバラモンとして描かれるジャーバリ(Jābāli)が、ラーマがバラタを慰めている折にラーマへ語りかける。彼の説はきわめて現世的で実利的であり、「人は独り生まれ、独り死ぬ」として血縁の恒久性を疑い、父母や家への執着を一時の宿にたとえる。ゆえに、父王の国を捨てて苦しく茨の道を歩み続けるべきではないとラーマを諭す。 ジャーバリは直ちに政治的決断を下すよう勧める。すなわち繁栄するアヨーディヤー(Ayodhyā)へ戻り、灌頂・即位を受け、王の権能を行使せよ、都は正統の主を待っているのだと説く。さらに議論は儀礼への懐疑にまで及び、祖霊供養(aṣṭakā、śrāddha)の効験を否定し、ダルマ文献のいくつかの戒めを、布施や服従を促す社会的装置として描く。 結びに、彼は可見・可知のもの(pratyakṣa)を不可見のもの(parokṣa)に優先させると明言し、バラタが差し出す王国を受け入れるようラーマに迫る。それは賢者と世の公論にかない、社会の模範ともなるのだと位置づける。

18 verses

Sarga 109

सत्यधर्मप्रतिपादनम् (Rama’s Defense of Truth and Dharma in Reply to Jabali)

第109章は、実利的に帰還せよと勧めたジャーバリの言葉に対し、ラーマが長く倫理的に反駁するさまを記す。ラーマはまず、その忠告の敬意ある意図を認めつつも、ダルマとマリヤーダーに照らせば有害であると断ずる。王権は永遠にサティヤ(真実)とアヒンサー(不殺生)に根ざし、世界の安定は真実に依って立つと説き、リシやデーヴァが真実を最高の徳として讃えることを示す。 さらにラーマは、虚偽は社会に忌まれ霊性を蝕むと述べ、ダーナ(布施)、ヤジュニャ(祭祀)、タパス(苦行)、さらにはヴェーダさえもサティヤを基盤として成り立つと主張する。続いて自らの境遇に当てはめ、父王の前で林住を受け入れると誓った以上、「真実の橋を断つ」ことはできないとして、貪欲・迷妄・無知といった動機を退ける。不安定で不真実に傾く者は、デーヴァやピトリ(祖霊)に供物を拒まれると戒め、追放を善人の行にかなう徳ある重荷として受け入れる。 章中には、ナースティカ的推論を非難する論難の段(後補の可能性が指摘される)も含まれる。これに対しジャーバリは、先の主張は状況に応じた説得であったと明かし、アースティカとしての立場を改めて表明して、ラーマを鎮め益ある助言へ導こうとする。

39 verses

Sarga 110

लोकसमुत्पत्ति-वर्णनम् तथा इक्ष्वाकुवंश-प्रशंसा (Cosmogony and Ikshvaku Genealogy as Counsel to Rama)

第110章は、怒りに燃えるラーマへの矯正の勧告として語られる。ヴァシシュタは、先にジャーバリが述べたことはラーマをアヨーディヤーへ帰還させるための便宜的な説得であって、真のダルマの教えではないと位置づけ、ついで権威ある教説へと話を転じる。 彼は簡潔な宇宙生成を説く。原初の水、スヴァヤンブー・ブラフマー(Svayambhū Brahmā)の出現、そして猪の姿による大地の引き上げである。さらにマヌとイクシュヴァークから始まる系譜を、アヨーディヤーの名高い王たちへと連ねて示す。 この系譜は法と倫理の証明となる。イクシュヴァーク家の規範は長子を正統の継承者として聖別するゆえ、ダシャラタの長嗣であるラーマは王権を受け、民を護るべきだと勧められる。祖先のラージャダルマを継承し、クーラダルマ(家の伝統)を守り、公の安寧を保つためである。

36 verses | Vasistha

Sarga 111

अयोध्याकाण्डे एकादशोत्तरशततमः सर्गः (Sarga 111: Counsel on Gurus, Parental Debt, and Bharata’s Protest)

本章は、権威と負債の返済をめぐる整然とした倫理的論議を描く。王宮祭司にして師であるヴァシシュタは、ラーマに、人の「師(グル)」はアーチャーリヤ、父、母の三者であると諭し、年長者と集会の決定に従うことが徳ある者の道を守ると説く。これに対しラーマは、養育と慈愛によって受けた父母への恩は償い尽くせず、ダシャラタへの誓いは決して虚言となりえないと述べる。 ついで焦点はバラタへ移る。悲嘆に沈む彼はクシャ草を敷かせ、ラーマの庵の前でプラティユパヴェーシャナ(横たわって抗議する行)を試み、帰還を求める。ラーマは、灌頂を受けた統治者にそのような抗議はふさわしくないとして退け、バラタを起こしてアヨーディヤーへ戻るよう促す。また集まった町人や村人に語りかけ、彼らもラーマを父の命から背かせることはできないと認める。 バラタは集会に正式に申し述べ、王位要求への加担を否定し、自らが十四年の森林住まいを引き受けると申し出る。ラーマはその真心に驚きつつも、ダシャラタの先の誓約は拘束力を持ち、追放の身代わりは倫理に反するとして、決断がダルマと真実にかなうことを改めて確言する。

32 verses

Sarga 112

पादुकाप्रदानम् (The Gift of the Sandals and Delegated Kingship)

第112章では、チトラクータ(Citrakūṭa)で和解が成ったのち、聖仙たちが姿を見せぬまま兄弟のダルマにかなう会見を見守り、これを吉祥として讃える。彼らはこの出来事を未来へ通じる瑞兆とし、ダシャグリーヴァ(Daśagrīva/ラーヴァナ Rāvaṇa)の滅びさえも予感する。震えつつも決意を固めたバラタ(Bharata)は、王の法(rājadharma)と家系の法(kuladharma)を理由に、ラーマ(Rāma)に王位受諾を嘆願し、自分一人では治められず、親族も武人も民もただラーマを仰ぐのだと告白する。 ラーマは慈愛をもって諭す。バラタには生得と修養による智慧があり、重臣や賢明な助言者と協議して統治すべきこと、そしてカイケーイー(Kaikeyī)に怒りを抱いてはならぬことを説く。しかし父王の誓いは破れぬと宣言し、宇宙の不可能を譬えにしてその不動の決意を示す。 バラタは金で飾られたパードゥカー(pādukā)を捧げ、ラーマはそれに足を入れてから、権威の象徴として返す。バラタは十四年のあいだ都の外で苦行の生活を送り、国政をその履に託すと誓い、期限にラーマが戻らねば火に身を投じるとまで言う。ラーマはこれを受け入れ、バラタとシャトルグナ(Śatrughna)を抱きしめ、カイケーイーを怨まず守るよう命じ、長老を敬って出立する。母たちは悲しみに咽んで別れを告げられず、ラーマは涙して庵へ入る。

31 verses | Bharata, Rāma

Sarga 113

पादुकाप्रदानं भरतस्य निवृत्तिश्च (The Sandals Bestowed; Bharata’s Return Toward Ayodhya)

このサルガは、交渉から象徴的統治へと移る流れを締めくくる。バラタはシャトルグナおよび大臣たちの随行とともに出立し、正統な王権の儀礼的代理としてラーマのパードゥカー(聖なる履物)を奉持する。章はこの履物を法と祭儀の標章として描き、ヴァシシュタはアヨーディヤーの「ヨーガクシェーマ」(安寧と福祉)のために金で飾られたパードゥカーを授けるようラーマに勧める。ラーマは東に面して厳粛に立ち、「統治のために」と明言してそれを授与する。 バラタはダシャラタの十四年の誓いへの忠誠を述べ、追放の条件を拘束力ある国の言葉として再確認する。バラドヴァージャはバラタの生来の高貴さを讃え、徳が自然に彼に宿ると解し、そのようなダルマの子を通してダシャラタはなお生き続けると語る。 やがて物語は帰路と感情へ移る。軍勢は車両・馬・象を伴って引き返し、ヤムナーとガンガーの渡河が記され、シュリンギベーラプラに入る。ついに見えたアヨーディヤーは、主を失ったかのように沈黙し、喜びなく衰え、バラタは悲嘆に耐えかねて御者に向かい嘆きの言葉を述べる。

24 verses | Bharata, Vasiṣṭha, Rāma (Rāghava), Bharadvāja

Sarga 114

अयोध्याप्रवेशः — Bharata Enters Ayodhya and Perceives the City’s Desolation

第114章では、バラタが急ぎアヨーディヤーへ入城する。車の深くやわらかな響きは、かえって都の沈黙を際立たせる。章は連なる譬喩によって都への哀歌を織り成し、アヨーディヤーを、猫や梟がさまよう灯なき夜、月の伴いを失ったローヒニー、干上がった山の流れ、消えた祭火、敗れた軍勢になぞらえ、王の不在が生気の枯渇として感じられるさまを示す。 さらに、波音を失った海、ソーマを搾った後に見捨てられた祭壇、牡牛を失った群れという譬えが、祭儀の停止と世の停滞を語る。新しい真珠の首飾りから宝玉が外れた姿、落ちた星、野火に焼かれた蔓、雲に覆われた空、汚された酒宴の場にも比され、飾りの破れ、光の翳り、祝祭の断絶が強調される。 バラタは御者に、なぜ歌や楽器が聞こえず、花輪・酒・白檀・アガルの香りが漂わないのか、なぜラーマ追放の後に往来の音と祝いの動きが絶えたのかと問いただす。そして、アヨーディヤーの栄光はラーマとともに去ったのだと悟り、衆生の喜びを回復するためにラーマの帰還を切望する。 嘆きつつバラタは、獅子を失った巣のようになったダシャラタ王の宮殿へ入る。さらに奥の御殿が、太陽なき昼のように輝きを失っているのを見て、彼は涙を流す。

32 verses | Bharata, Charioteer (Sārathi)

Sarga 115

पादुकाभिषेकः — The Consecration of Rama’s Sandals and Bharata’s Trusteeship at Nandigrama

第115章は、王位継承の危機に対し、バラタが儀礼によって「委任された主権」を確立することで、政治的・倫理的解決を形にする章である。母后たちをアヨーディヤー(Ayodhyā)に安んじたのち、バラタは深い悲嘆に沈みつつも誓いを固く守り、長老たちに向かってナンディグラーマ(Nandigrāma)へ赴く許しを乞う。ラーマ(Rāma)なきまま王権の歓楽に与するより、悲しみと共に住むことを選ぶと宣言する。大臣たちとヴァシシュタ(Vasiṣṭha)はその兄への帰依と高き道にかなう志を称え、車が整えられ、バラタはシャトルグナ(Śatrughna)とともに出立する。先導するのはバラモンの師たちであり、軍勢と市民も自発的に従い、民意の同意が示される。 ナンディグラーマに至ると、バラタは金で飾られたラーマの御履(みくつ)を頭上に戴き、王国はラーマが自分に託した「預かりもの」であり、出家のごとく(sannyāsa)私有しないと宣言する。彼はその御履をダルマ(dharma)の法的・象徴的な御座として安置し、王のしるしである天蓋と扇をその上に捧げ持つよう命じる。そしてラーマ帰還まで国土を守り、帰還の時にはアヨーディヤーと王権を返して再び奉仕に戻ると誓う。 章末では、バラタが樹皮衣をまとい、髪を結い固めた苦行者の姿で暮らし、御履の下僕としてのみ統治するさまが語られる。あらゆる政務と供物はまず御履に奏上され、統治は責任ある信託としての奉仕へと清められていく。

27 verses | Bharata, Vasistha

Sarga 116

तपस्विनाम् औत्सुक्यं राक्षसत्रासश्च (Ascetics’ Anxiety and the Fear of Rakshasas)

チトラクータの苦行林にて、バラタが去った後、ラーマは住まう仙人たちの様子が一変したのを見て取る。怯え、盗み見るような視線、ひそひそとした相談——。自分やラクシュマナ、あるいはシーターに何か過ちがあって庵の和を乱したのではと案じ、ラーマは敬ってクーラパティ(仙衆の長)に問いかけた。 老いたリシは、シーターの品行に疑いは一切ないと断じ、動揺の原因はラークシャサたちの敵意であり、ラーマの来訪によってそれがいよいよ激しくなったのだと語る。仙人たちは被害を述べる。魔は醜怪な姿に変じて苦行者を襲い殺し、ヤジュニャの準備では柄杓や器を散らし、聖火に水を浴びせ、儀礼の壺を打ち砕くという。 さらに彼らは、ジャナスターナ近くに住むラーヴァナの弟カラを名指しし、苦行者を根こそぎにすることで名高く、ラーマを容赦しないだろうと言う。ここに留まれば賢者たちも王族の二人も危ういとして、一同は庵を捨て、近くの果実豊かな森にある古い避難所へ移る決意をし、ラーマにも同行を請う。ラーマは言葉だけでは引き留められず、しばらく護送して礼拝し、彼らの許しのもと教えを受け、そして聖なる庵へ戻る——彼らが去ってもなお、心は揺るがなかった。

26 verses | Rama, Kulapati (chief ascetic)

Sarga 117

अत्र्याश्रमगमनम् तथा अनसूयोपदेशः (Arrival at Atri’s Hermitage and Anasuya’s Counsel)

来訪していた修行者たちが去ると、ラーマは思いを巡らし、先の場所に住み続けることを退けた。バラタ、王妃たち、そしてアヨーディヤーの民の記憶が胸を乱し、さらにバラタ軍の宿営による馬や象のための物理的な穢れも気に掛かったからである。ラーマは移動を決し、シーターとラクシュマナを伴って出立し、聖者アトリ(Atri)の庵へと到着する。 ラーマが敬礼すると、アトリは息子のように慈しんで迎え、模範的なもてなしを施し、ラクシュマナとシーターを慰めた。ついでアトリは、厳しい苦行(tapas)と世を益する稀有の功徳で名高い老妻、修行女アナスーヤー(Anasūyā)を呼び、シーターに彼女のもとへ行くよう命じる。 シーターは恭しく周回して礼拝し、極度の老いと震える身体を見て安否を問う。シーターの正しい振る舞いを喜んだアナスーヤーは、森の艱難にあってもラーマに随う決意を称え、貞婦の法(pativratā-dharma)を説く。すなわち、高貴な性質の女性にとって夫はあらゆる境遇における最高の帰依処であり「神」に等しく、貞節は名声と徳をもたらすが、欲望を制しないことは道徳の堕落と悪名へ導く、というのである。

28 verses | Rama, Atri, Sita, Anasuya

Sarga 118

अनसूयोपदेशः तथा सीताया स्वयंवरकथा (Anasuya’s Counsel and Sita’s Swayamvara Narrative)

第118章は、森のアーシュラマにおける敬虔なもてなしの中で交わされる教誨として構成される。アナスーヤー(Anasūyā)がヴァイデーヒー(シーター)に語りかけると、シーターは謙虚に答え、夫は妻のグル(guru)であり、夫への献身的奉仕(patiśuśrūṣā)が女性にとって主要なタパス(tapas)であると述べる。さらに、貞節によって天上の栄誉を得たサーヴィトリー(Sāvitrī)と、月と離れぬローヒニー(Rohiṇī)の譬えが挙げられ、堅固な夫婦の誓いの徳目が示される。 満足したアナスーヤーは、花鬘・衣・宝飾・香油・貴重な膏薬といった神聖な装いを授け、それらは色褪せず常にふさわしい効徳をもつという。彼女はまた、シーターの美装を、シュリー(Śrī/ラクシュミー)がヴィシュヌ(Viṣṇu)を輝かせることになぞらえ、夫婦和合を聖なるものとして讃える。 続いてアナスーヤーは、シーターの出生と婚姻の由来を求める。シーターは、ジャナカ(Janaka)が祭祀のために鋤で耕したとき大地から現れた「胎外生」(ayoni-jā)であること、王に養女として迎えられ、正妃に育てられたことを語る。ふさわしい夫を得られるか案じたジャナカは、ヴァルナ(Varuṇa)の重い神弓を試練とするスヴァヤンヴァラ(svayaṃvara)を設けるが、諸王は弓を持ち上げられない。 やがてラーマ(Rāma)がヴィシュヴァーミトラ(Viśvāmitra)とラクシュマナ(Lakṣmaṇa)と共に来臨し、たちまち弓を張って折ってしまう。真実の誓いに従うジャナカはシーターをラーマに捧げようとするが、ラーマはダシャラタ(Daśaratha)の同意を待って進める。章末は、法(ダルマ)にかなった婚姻の成就と、ラーマへのシーターのダルマ的献身の宣言で結ばれる。

54 verses

Sarga 119

अनसूयाप्रीतिदानम् — Anasūyā’s Blessing and the Forest Path

本章はアナスーヤーの逸話を結び、一行をさらに深い森へと導く。シーターが自らの物語—とりわけスヴァヤンヴァラ(svayaṃvara)—を細やかに、甘やかに語り終えると、アナスーヤーは母のような慈愛をもって彼女の額に口づけし、抱きしめる。出立を許す前に、シーターを自分の前で装い立てるよう求め、神聖な衣と宝飾を prīti-dāna(愛の贈り物)として授ける。天女のごとく輝くシーターは恭しく礼拝してラーマのもとへ赴き、ラーマとラクシュマナは彼女に与えられた稀有の栄誉を喜ぶ。 続いて叙述は、夕暮れから夜への抒情的な景へ移る。日が沈み、鳥は巣へ帰り、聖仙たちは沐浴を終えて水瓶を携え戻り、アグニホートラ(agnihotra)の煙が立ちのぼる。森の気配は濃くなり、夜の生きものが動き出し、星々の間に月が昇る。成就した苦行者たちの清らかなもてなしの一夜を過ごしたのち、ラーマとラクシュマナは暁に別れを告げる。森住みのバラモン苦行者たちは、人を喰らい姿を変えるラークシャサ(rākṣasa)や血を啜る猛き者どもが修行者を脅かすと警め、果実を採る聖仙が用いる安全な道を示す。祝福を受け、ラーマはシーターとラクシュマナを伴い、雲の群れへ入る太陽のように森へ踏み入る。

22 verses

Frequently Asked Questions

Ayodhya Kanda centers on vacana-dharma (the ethics of keeping one’s word) and rājadhrama (kingship as moral constraint). Daśaratha’s earlier boons bind him to a course he abhors, demonstrating that royal authority is not merely power but accountability to truth and public trust. Rāma’s response elevates obedience from passive submission to an active ethical choice: he treats the father’s command as a dharmic imperative that prevents social fracture, even at personal cost. The book also explores companionate duty (Sītā’s insistence on shared exile) and political integrity (Bharata’s refusal to benefit from wrongdoing), framing legitimacy as rooted in self-restraint rather than possession of the throne.

Key episodes include: (1) announcement and preparations for Rāma’s consecration; (2) Mantharā’s incitement of Kaikeyī; (3) Kaikeyī’s demand for Bharata’s kingship and Rāma’s exile; (4) Daśaratha’s grief and compelled consent; (5) Rāma’s acceptance, Sītā’s decision to accompany him, and Lakṣmaṇa’s resolve to follow; (6) public lament and ominous portents; (7) departure from Ayodhyā and travel via Tamasā and Gaṅgā with Guha’s help; (8) visit to Bharadvāja and settlement at Citrakūṭa; (9) Daśaratha’s remorse, confession of past sin, and death; (10) Bharata’s return, denunciation of Kaikeyī, funeral rites, refusal of the throne, and journey to bring Rāma back with coronation materials.

The principal figures are Rāma (ideal heir who chooses exile as duty), Sītā (insists on accompanying her husband), Lakṣmaṇa (protective brother whose anger is disciplined by Rāma’s dharma), Daśaratha (tragic king bound by boons), Kaikeyī (queen who activates the boons), and Mantharā (catalyst of the crisis). Supporting but pivotal roles are played by Sumantra (escort and moral witness), Vasiṣṭha (ritual-political stabilizer after the king’s death), Bharata (refuses usurpation and seeks Rāma), Śatrughna (Bharata’s ally), Guha (Niṣāda host and guide), and Bharadvāja (sage who legitimizes the forest route).

Ayodhya Kanda provides the causal bridge between the youthful heroics of Bālakāṇḍa and the wilderness-centered conflict of Araṇyakāṇḍa. It relocates the epic from courtly promise to ascetic trial, converting Rāma’s princely excellence into a sustained ethical experiment under deprivation. Politically, it explains the succession crisis that later motivates Bharata’s regency and shapes Ayodhyā’s stance during Rāma’s absence. Thematically, it establishes the Ramayana’s central claim that dharma is tested most severely when it conflicts with personal happiness and immediate justice.

The kanda teaches: (1) integrity of speech and promise-keeping as social foundations; (2) leadership through forbearance—refusing retaliatory violence even under provocation; (3) ethical companionship—Sītā’s model of shared duty and courage; (4) legitimacy through renunciation—Bharata’s refusal to profit from injustice; and (5) the inevitability of moral consequence—Daśaratha’s remorse and death underscore that unrighteous outcomes, even when legally compelled, exact psychological and karmic cost.

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