
मण्डल 4
The Family Book of Vamadeva
『リグ・ヴェーダ』第4マンダラは、主としてヴァーマデーヴァ(ガウタマ)系統に帰せられる「氏族書」(gotra-maṇḍala)であり、定型化された祭式の讃歌と、生き生きとした自然描写、さらに内省的で反省的な神学とを結び合わせている。讃歌は、公的な儀礼の場——とりわけソーマの圧搾と火神礼拝——と、霊感(dhī)、真理/宇宙秩序(ṛta)、そして神々の隠れた働きへの探究的黙想との間を往還する。インドラとアグニが中心を占める一方で、暁、嵐、そして道徳的—宇宙的秩序を描き出す詩的技巧でも特に注目される。
Sukta 4.1
RV 4.1は、神々によって満場一致で立てられた導き手(arati)としてのアグニ、また死すべき生命のうちに呼び覚まされるべき不死の力としてのアグニへの招請である。讃歌は、宇宙的誕生神話のイメージ――中空界の秘められた胎内に隠れるアグニ――と、祭式の実践的ヴィジョン――万有の客として崇拝者すべてに守護・明晰・慈恵を媒介するアグニ――との間を往還する。
Sukta 4.2
RV 4.2 は(伝統的に)ヴァーマデーヴァに帰せられる、アグニへの讃歌である。アグニは死すべき者のうちに宿る不死者として、祭官(hotṛ)・先見者、そして神々の間で働く能動の力として讃えられ、祭儀と霊感を通して人間の生にṛta(真理の秩序)を確立すると歌われる。詩は、光り輝く知性を燃え立たせ、正しい識別を混乱し屈折した衝動から切り分け、後代を支える広大で多様な繁栄を授けるようアグニに請い願う。結びでは詩人が言葉の供物を捧げ、アグニよ燃え上がって「大いなる富」—より充実した善—を与えよと呼びかける。
Sukta 4.3
この讃歌は、祭祀の王として、また両界にわたる真のホートリ(hotṛ)としてアグニを招き、その力がルドラのごとく烈しく、浄め、儀礼において主権的であることを呼び起こす。真理に導かれたアグニの力は、生のものを熟したものへ(āmā→pakva)と変え、隠れたものを顕現させ、秘められた「nīthāni」(導きの道筋)によって礼拝者を導くと讃えられる。詩人は結びに、内奥の(niṇyā)練り上げられた言葉――秘義の言と霊感の讃歌――を、知者アグニに捧げる。
Sukta 4.4
RV 4.4は、アグニにその燃えさかる力をいよいよ広げ、王の軍勢のごとく前進し、敵対するラクシャサたちと、害をなすあらゆる闇の姿を打ち倒すよう求める、力強い招請歌である。詩人祭司ヴァーマデーヴァは、歌と薪によってアグニを繰り返し「磨き」、燃え立たせ、讃歌を受け入れて供養者を欺きと中傷から守り、彼らのクシャトラ(支配力・実効的な力)を日々保ち続けるよう願う。
Sukta 4.5
この毘舎婆那羅(ヴァイシュヴァーナラ)・アグニへの讃歌は、広大な輝きを放ち、障碍を押し広げて道を開く火に、祭主たちがいかに正しく供物を捧げうるかを問う。アグニは洞窟に隠された「言(ことば)」の顕現者として、また光線(ヴィジョン)の最初の歩みを守護する者として讃えられ、終わりには、彼の輝く顔が家の内に燃え立つという鮮烈な像(祭儀の住まいであり、内なる存在でもある)へと結実する。全体として本スークタは、招請と賛美から啓示の教説へと進み、秘められた真理と光を現前させる力としてのアグニを示す。
Sukta 4.6
この讃歌は、正しく目覚めたホートリ(Hotṛ)としてのアグニを招き、祭儀において神々を据え、人の意(manman)を識別の知(manīṣā)によって前へと運ぶ者として讃える。ヴァーマデーヴァは、闇を貫き、礼拝者を汚れと朽ちから守る、吉祥で自ら光り出るアグニの視座を称揚する。結びでは、アグニが点火されるとき、崇敬して座す人々が祭司の火の前に集い、ブラフマン(brahman、聖なる言葉)を練り上げ成就するさまが語られる。
Sukta 4.7
RV 4.7 はアグニ讃歌であり、祭祀の火が原初に「据え立てられた」こと、そしてブリグ族によって再発見され再び燃え立たされ、あらゆる氏族のために輝くようになったことを想起する。アグニはホートリ(祭官)として、またṛta(宇宙の真理・秩序)を担い運ぶ者として讃えられ、風のように力強く、俊馬のように疾走して供物を神々へ届け、人々には繁栄を持ち帰る。
Sukta 4.8
この讃歌は、アグニを神々の使者にして第一の祭官(ホートリ)として讃え、供物を諸神へ運び、天への道を開く者として称揚する。さらに、その全知と不死、障碍を貫く迅速な力を讃え、霊感に満ちた言葉によって彼を燃え立たせ、祭儀のために飾り立てるよう促す。
Sukta 4.9
この讃歌は、偉大で慈愛深い臨在としてのアグニを招き、神々を求める共同体のもとへ来て聖なる草に座し、祭儀における正しい交わりを確立するよう願う。アグニは儀礼の有効な代弁者として、人の供物をまことに神々へ届かせる者として讃えられ、また守護者として礼拝者を四方から囲み、害に対して破られぬ防壁を与える者として讃えられる。
Sukta 4.10
この讃歌は、アグニを、正しい意志(kratu)の迅速で心に触れる力として讃え、礼拝者を霊感に満ちた努力と神的な衝動によって繁栄へ導くものとする。アグニは昼夜に輝く、常に現前する見者として称えられ、美と調和と増大をもたらし、人間と神々の群れとのあいだに友愛的で兄弟のような結びつきを確立する。このスークタの目的は、アグニの光明の導きと守護の同伴を招き、祭主の家と内なる「臍の中心」が、揺るぎない滋養と力の源となるようにすることである。
Sukta 4.11
この六詩節のアグニ讃歌は、彼の輝ける顕現を讃える――昼は太陽のごとく照り、夜にもその光は衰えない――そして、養い守護する可視の力としてアグニを招請する。さらにアグニを、勝利の力、繁栄、そして迅速な活力の源とし、結びには罪・害・よこしまな意図を払い、安寧と吉祥(svasti)を確かなものとする守護の祈りを捧げる。
Sukta 4.12
この六詩節の讃歌はアグニ・ジャータヴェーダスに捧げられ、火の原理を、意識ある「知る者」として讃える。正しい順序で点火され、規則正しい供物が捧げられるとき、彼は祭主に力を与える。讃美はやがて告白と解放の祈りへと転じ、詩人は「目覚めていない」理解ゆえの過失を赦し、誤りの束縛を解き、礼拝者を窮屈さの彼方へ導いて、より充実した生命と勝利へ渡らせよと願う。
Sukta 4.13
この短い讃歌は、夜明けにアグニ(Agni)を燃え立たせることを、光が宇宙に現成する出来事と結びつける。ウシャス(Uṣas、曙光)が道を開き、スーリヤ(Sūrya、太陽)が昇り、よく整えられた家の祭儀へアシュヴィン双神(Aśvins)が招かれる。鮮やかな暁の描写から、天を支える見えざるものへの観想的な驚きへと移り、ṛta(宇宙の秩序・真理)という秘められた法によって諸世界が落ちないことが示される。目的は、朝の供犠を開始するという儀礼的意義と、宇宙を保つ秩序への洞察を呼び覚ますという哲学的意義の双方にある。
Sukta 4.14
この短い讃歌は、アグニの燃え立つ輝きとウシャス(曙)の最初の顕現とを結び、朝を、光・秩序・目覚めた動きが呼応して現れる啓示として描く。ついでナサティヤたるアシュヴィン双神に、夜明けの祭儀へ速やかに来臨し、蜜のように甘いソーマを享受せよと直に招く。目的は、時宜にかなう神の臨在、安泰なる通行(suvitā)、そして礼拝者を活気づける力を確保することにある。
Sukta 4.15
この讃歌は、霊感を受けた祭司アグニを讃える。彼は供物の間を巡り動いてそれらを浄め、祭儀を完成させ、施主に宝(ratna)をもって報いる。さらに、アグニが日々点火され磨き上げられるさま――疾駆する競走馬のように、また天の赤き幼子のように――を描き、火が輝く、整った力へと成長して供物を神々へ運び、儀礼を支えることを示す。
Sukta 4.16
この讃歌は力強いソーマの招請であり、インドラ(マガヴァン、ハリヴァーン)に、黄褐色の駿馬を駆って速やかに来臨し、よく搾られた一献を受けて、守護の伴侶として近づくよう求める。詩はインドラの英雄的な勢い――その戦車、同盟者、そして遠くまで及ぶ勝利――を讃え、歌い手の霊感と繁栄を、あふれ出る河のように「ふくらませよ」と祈る。結びでは「新しいブラフマン」(新たな讃歌)を捧げ、常にインドラの戦車と友情にふさわしく在り続けることを願う。
Sukta 4.17
ヴァーマデーヴァ(Vāmadeva)によるこのトリシュトゥブ(Triṣṭubh)讃歌は、至高の力を振るうインドラを讃え、その王権が天と地に承認されていることを歌う。詩は、ヴリトラ(Vṛtra)を打ち破って堰き止められた河川を解き放った原型的勝利を想起し、また、牛・黄金・馬力を勝ち取り、味方に富を分配する太古の施与者としての彼を称揚する。詩人は新たなブラフマン(brahman、霊感に満ちた言語定式)をもって結び、インドラに、歌い手の霊感を増水する河のように膨らませ、祭祀者たちを勝利の行為へと据え給えと願う。
Sukta 4.18
RV 4.18は、インドラの不可思議な誕生と、ただちに「障碍を破る者」として定められた宿命を軸に据える、劇的な宇宙創成=英雄譚的讃歌である。母と子、諸水、そして共同体の宣言が交錯する緊迫した対話風の語りによって、インドラへの非難を退けて弁護し、ヴリトラ殺しと河川の解放という偉業を想起させ、最後は人間的な危機と回復の峻烈な一節で閉じられる――śyena(鷹)がmadhu(甘美な精髄)を運び来るのである。
Sukta 4.19
このインドラ讃歌は、ヴリトラ殺しのために神々がただ一人選び取った覇者として彼を称え、天と地を広げ、世界に自由な運行を回復させる者として讃える。さらに、うねる水を鎮め、川を徒渉できるようにし、迅速で広い通行を可能にしたという宇宙的業績を想起しつつ、詩人の霊感の衝動を増し高める新たな讃美を促す。スークタは、歌い手たちが彼の勝利の前進に与れるよう、インドラに捧げる新しい「ブラフマン」(聖なる言辞・聖式)によって結ばれる。
Sukta 4.20
ヴァーマデーヴァのこのトリシュトゥブ讃歌は、インドラを「遠くからも近くからも」来たれと招き、戦いの圧迫のただ中で勝利し、敵対する力を取り除く確かな守護者として称える。古来より山のごとき強大な力と堅固なヴァジュラを讃え、さらに河川が増水するように歌い手のiṣ(衝動/繁栄)を満たし、新たに整えられたbrahman(霊感に基づく言辞・聖なる詩句)を受け入れるよう願う。
Sukta 4.21
この讃歌は、インドラに近く来て、祭祀者たちと共にサダーマーダ(sadhāmāda)の共同の儀礼に座し、彼らの力・主権・勝利の支配を増大させるよう招請する。搾り(ソーマの圧搾)、道筋、そしてホートリ(Hotṛ)の火焔といった外的なヤジュニャ(yajña)のイメージを、内なる心理としてのディシャー(dhiṣā:霊感に満ちた知性)へと織り込み、それが「ゴー(go:光/牛)」を見出し、増水する河のようにインドラの奔流する衝動を受け取るさまを描く。
Sukta 4.22
このヴァーマデーヴァの讃歌は、祈りとソーマと讃美を受け入れ、礼拝者の目的を力強く成就させる偉大な成就者としてインドラを讃える。そこでは、インドラのあふれる雄力と世界秩序を整える力――牡牛の乳房から乳がほとばしるように豊穣を放ち、諸河を前へと駆り立てる力――が想起され、さらにインドラの恩寵のもとで詩人の霊感と効力も川のように増し満ちるようにと願い求められる。
Sukta 4.23
このトリシュトゥブ讃歌は、インドラのつねに新たに更新される偉大さの神秘を問いかける。すなわち、彼がソーマによっていかに増大するのか、誰のために供犠を受け入れるのか、そして歌い手たちの間にどのような様態で顕現するのか。問いと讃美を重ね、膨れ上がる力と輝きの解放のイメージをめぐりつつ進み、最後には練り上げられた「新しいブラフマン」(新たな讃歌)として結実し、詩人に霊感と勝利を増し与えるようインドラに請い願う。
Sukta 4.24
この讃歌はインドラ――「力の子」――を呼び、瑕なき讃美によって祭祀者の方へ向かわせ、歌い手に富と牛群、そして圧迫的な束縛の解除をもって報いるよう求める。インドラの賜物は、正しい祭儀の行為(ソーマの圧搾、供物の調理)と霊感に満ちた言葉に結びつけられ、最後には「新たなブラフマン」(新鮮な聖なる言説)として結実し、川のように増し満ちる豊穣と、インドラの戦車の力との揺るぎない伴侶関係を願い求める。
Sukta 4.25
この讃歌は、燃え立つアグニと搾られたソーマを通して、ふさわしい祭主にインドラの友情を選び取るよう促し、だれが「あちらへ運び越す助け」を求めるのかと問う。さらに、インドラに結ばれた者は征服されず、広い安寧の庇護に守られると讃え、結びに、近き者も遠き者も、定住の者も旅する者も、戦う者も努め励む者も、すべてが力と勝利を求めてインドラを呼ぶと宣言する。
Sukta 4.26
RV 4.26は、強烈な自己啓示の讃歌である。詩人は「アハム(我は)」の声で語り、原型的な力や伝説的人物と自らを同一視し、まるでインドラ自身の意識が彼を通して語っているかのように響く。ついで詩は、マヌのためにソーマをもたらすシェーナ(鷹)の神話的飛翔へと転じ、神的恍惚を勝ち取る奪取の勝利と、敵対する力を投げ捨て退けることを象徴する。この讃歌の目的は、インドラ/ソーマの力への讃美(stuti)であると同時に、その神的勝利に参与する霊感の自己同一性を宣言することにある。
Sukta 4.27
この短くも激烈な讃歌は、ヴァーマデーヴァの自己言及的な声で語られ、神秘的な自伝とソーマ=シュイェーナ(鷹)神話とを織り合わせる。詩人は、胎内にある時からすでに神々の誕生を知っていたと述べ、鉄の砦を鷹のように破って解き放たれる。ついで物語は、守護者クリシャーヌ(Kṛśānu)をかいくぐってソーマを奪い/運び来る危険な企てへと移り、最後にソーマが祭儀において得られ、インドラを陶酔させる飲料となるに至る。目的はソーマ獲得を聖化し、霊感に満ちた知が解放と天への到達をもたらす力であることを宣言する点にある。
Sukta 4.28
この短い讃歌は、ソーマと親密に結び合うインドラを讃え、ヴリトラという障碍を討ち、マヌと人々のために生命をもたらす七つの河(諸水)を解き放った古典的勝利を想起する。ソーマの鼓舞し霊感を与える力と、インドラの決断的な威力とが結び付けられ、両者は封じられたものを破り開き、敵対する抵抗を払い、そして「牝牛の野」(光明の知と豊穣)を広げる。目的は、祭儀において同じ共同の力を招き、外と内の塞がれた水路を開いて、正しい道を通行可能にすることである。
Sukta 4.29
この短いインドラ讃歌は、神に対し、たとえ遠方からでも来臨して多くのソーマ搾りの祭へ赴くよう、切迫して招きかける。黄褐色の駿馬に喜ばされ、歌い手たちの霊感ある讃美によって朗らかになったインドラが来るように、詩人は祈る。さらに、インドラがその呼び声を「聞く」ようにされ、あふれる力で起ち上がって成就を授けるよう願う――勝利の力(vāja)、安全な渡し場(su-tīrtha)、そして無畏を。結びは共同の希求である。インドラの守護のもと、歌い手たちが真の見者となり、彼の寛大な施与によって天の広大な富を分かち合えますように。
Sukta 4.30
本讃歌は、インドラを比類なきヴリトラハン(Vṛtrahan、ヴリトラ殺し)として力強く讃える。彼は万物に勝り、戦いにおいて抗しがたく、シュシュナ(Śuṣṇa)ら敵対者の堅固な砦を断固として打ち砕く者である。詩はインドラの勝利の業を想起して、祭主に守護・力・繁栄を確保せんとし、結びには祝福の調べをもって、同盟の福与者たるアーディティヤ神群(Ādityas)に、繰り返し「望ましい」贈り物を授けるよう祈願する。
Sukta 4.31
本讃歌は、常に増大する友(sakhā、sadāvṛdhaḥ)としてのインドラへの探り求める呼びかけであり、いかなる光明の助けと最も有効なśacī(力/技)によって、彼が祭祀者を選び助けるのかを問う。ソーマを搾る者と、規律ある求道者に対するインドラの迅速な施与を讃え、ついには豊穣・守護・永続する名声を願い求める。末尾では一瞬スーリヤ(太陽)にも向き、上より名声と光を「注ぎ下ろす」可視の力として描く。
Sukta 4.32
この讃歌は、ヴリトラハン(ヴリトラ殺し)のインドラへの切迫した親密な招請である。祭主の「取り分」のもとへ来臨し、供物を受け取り、強大な助力によって守護せよと願う。インドラが万有に分かち持たれる普遍の力であるにもかかわらず、詩人はなおこの祭儀において彼を個人的に呼び寄せ、勝利と力、そして正しく進む動きを求める。
Sukta 4.33
この讃歌は、神的な工匠としての力をもつリブフたち――リブフ、ヴィブヴァー、ヴァージャ――を招請する。彼らは迅速な霊感に突き動かされて形を完成へと磨き上げ、神々と人間のために豊穣を増し広げる。真実を語り、自らの本有の法(svadhā)に従うことが讃えられ、その驚異の業はトヴァシュトリにも認められる。結びに、第三のソーマ搾りの時に、祭主のため「vasūni」(まことの富)を確立するよう願う。
Sukta 4.34
この讃歌は、工巧と再生の力をもつリブフたち――Ṛbhu、Vibhvan、Vāja――を祭儀へ招き、インドラとともに来臨してソーマの「蜜」を享受し、その名高い職能と刷新の力を儀礼にもたらすよう求める。呼びかけに決して違わず応じる彼らを讃え、インドラおよび同盟する諸力と一体となった高揚によって「ratna-dheya」(宝/恩寵の据え置き)を授けることを願う。
Sukta 4.35
この讃歌は、完全無比の技をもつ神聖な工匠・予見者として名高いリブフたちを、ソーマの搾りの場へ招き、インドラとともに供物の宝を分かち合うよう求める。彼らの驚異の業――両親を若返らせ、神々の飲杯を作り、インドラの俊速な黄褐色の駿馬を整えたこと――を想起し、第三の搾りとその恍惚の力に与る正当性を示す。
Sukta 4.36
この讃歌は、神なる工匠の兄弟リブフ(Ṛbhus)を讃え、彼らの驚異の制作(自ら動く三輪の戦車など)を、天と地を広げ支える力の徴として歌う。さらに、完成された工の技(takṣaṇa)を、繁栄・名声・勝利の充溢の誕生と結びつけ、結びには親密な願いを置く――「いま、ここで」われらのために子孫と富と英雄の誉れを作り成し、より高い覚知を呼び覚ましてほしい、と。
Sukta 4.37
本讃歌は、儀礼を新たにし完成させる神聖な工匠であるリブ族(Rbhus)――とりわけVājaとṚbhukṣaṇa――を、「神々へ通じる道」を通って来臨し、人間の諸氏族の間に祭祀を再び確立するよう招く。彼らにrayi(充溢・富・霊的な豊かさ)と、勝利をもたらすvāja(制勝の力)をもたらすことを願い、その加護をインドラの威力とアシュヴィン双神の迅速な助けに結びつける。全体の目的は儀礼の刷新であり、吉祥な日々を通してヤジュニャが滞りなく、喜ばしく、実り多く進行することを求める。
Sukta 4.38
この讃歌は、戦車の先頭を駆け、勝利をもたらす迅速な力(ダディクラ/ダディクラーヴァン)を讃える。塵を巻き上げるさまは流れる光線のようで、凱旋と歓喜を運ぶ。詩はこの輝く力を、諸民に力と広がりを授ける施与者として称え、詩人の言葉を「蜜」(霊感・甘美・成功)で満たすよう祈る。武の速度、太陽の光輝、祭儀の吉祥が一つの慈恵的な臨在へと結び合わされている。
Sukta 4.39
この六詩節の讃歌は、迅速で勝利をもたらす「駿馬の力」ダディクラーヴァン(Dadhikrāvan)を讃え、その速さと凱旋の勢いによって歌い手を危難と難所の通過から彼方へ運び去るよう願う。曙の女神ウシャス(Uṣas)は目覚まし手として招かれ、礼拝者を呼び起こして正しい運動へと促す。讃歌はさらに守護と安寧の祈りへ広がり、同盟の神々(マルット、ミトラ=ヴァルナ、アグニ、インドラ)を簡潔に呼んでsvasti(全き安泰)を確かなものとする。結びは変容的で、ダディクラーヴァンに意識の「前面」を芳しく明るくし、生命諸力を前へ導いて制限的な渡りを越えさせよと請い願う。
Sukta 4.40
この短い讃歌は、ダディクラーヴァン――迅速で勝利をもたらす力、しばしば神なる駿馬または太陽の鳥の力として思念される存在――を宣揚し、歌い手を黎明(ウシャス)とその同盟の神力(アパス=水、アグニ、スーリヤ、ブリハスパティ、アンギラサ)を通して前へと駆り立てる。そこでは彼の速さ、風のような推進力、守護の威力が讃えられ、結びには「白鳥」が多くの領域に坐すという深い象徴句が置かれ、この神がṛta(宇宙の真実/秩序)そのものと同一であることが示される。
Sukta 4.41
この讃歌は、対をなす力であるインドラとヴァルナに、詩人の敬虔な供物を受け取り、ṛta(宇宙秩序)に導かれた勝利の力を確立するよう祈願する。二神が内外の害――悪意、略奪的な敵意、欺く恐怖――を打ち砕き、馬力・戦車の力・尽きぬ増大として現れる堅固な繁栄を授けることを求める。
Sukta 4.42
RV 4.42は、詩の声がヴァルナの王権の権威を帯びて自らを宣言する、際立った自己宣言的讃歌である。そこではṛta(宇宙秩序)を保持し、主権を確立し、万有を覆う守護を行う者として語られる。さらにインドラも力の場へ招き入れ、河川を解き放つ勝利の力として、ヴァルナの道徳的・王権的支配と対照されつつ相補的に描かれる。本讃歌の目的は、神的統治の正統性を確証し、祭祀者に永続する繁栄(rāyī)と守護、尽きることのない豊穣を確保することにある。
Sukta 4.43
ヴァーマデーヴァのこの讃歌は、神なる双子の癒やし手にして迅速な救済者であるアシュヴィン双神を招き、詩人の「神聖なる言葉」を聞き入れて受け取り、呼ばれるとき最も近い道を通って来臨するよう求める。彼らの到来への驚異と比類なき輝きを語りつつ、歌い手とその民のために、広大な守護、蜜のごとき助け、そして生命を与える恩寵を繰り返し祈願する。
Sukta 4.44
ヴァーマデーヴァによるこの短いアシュヴィン讃歌は、双子の馬乗り神に、広く駆ける黄金の車――「光線の会合の場」――で速やかに来臨し、祭儀に加わるよう呼びかける。詩人は彼らに蜜のように甘いソーマを飲み、礼拝者に財宝と活力を授け、二神がともに在すところではどこであれ、慈しみ深い恩寵によって歌い手を守護するよう願う。
Sukta 4.45
この讃歌は、光り輝き、すみやかに来臨する天の双子神アシュヴィンを讃える。天を駆けるその戦車は暁の光条のように立ち上がり、遅滞なくソーマの圧搾の場へ到る。対の駿馬、金の翼をもつ白鳥、蜜蜂といった鮮やかな比喩によって彼らを祭儀へ招き、その臨在が生命を与え、癒やしをもたらし、喜びを運ぶことを寿ぐ。詩人の狙いは、供犠者と祭式のために、彼らの迅速な来訪と慈恵の助けを確かなものとすることにある。
Sukta 4.46
この短いガーヤトリー韻律の讃歌はソーマへの招請であり、ヴァーユ(しばしばインドラと共に)を、搾り出されたソーマのもとへ速やかに来て最初に飲むよう呼びかける。彼らの輝く戦車を讃え、その到来によって祭儀が動き出し、解放(vimocana)と、ソーマの歓喜を妨げなく味わうことがもたらされるよう願う。
Sukta 4.47
この短い讃歌は、迅速で光り輝く風神ヴァーユ(Vāyu)に対する切迫したソーマ招請であり、ニユト(niyut)の駿馬を軛につけて来臨し、ソーマの第一の分け前を飲むよう求める。続いてインドラ=ヴァーユを共に呼び、一つの戦車に乗って到来し、守護と力をもたらし、祭祀者が切望する、軛につながれた諸力を確かに授けるよう願う。
Sukta 4.48
この短い讃歌は、迅速なる風神ヴァーユ(Vāyu)をソーマ搾りの祭へと繰り返し招き、輝く車に乗って来臨し、搾りたてのソーマを飲むよう求める。さらに、正しく整えられた祭式と祭官の奉仕(hotrā)を神的な生命力の到来に結びつけ、ヴァーユに、祭主へ豊穣・力・広がりある富をもたらすよう祈願する。
Sukta 4.49
この短い讃歌は、双神インドラとブリハスパティを招き、供えられた供物とソーマを受け取り、祭主のウクタ(厳粛な讃歌)と歓喜の酔い(mada)によって満足するよう願う。さらに、この神聖な二柱が施主の家に鎮まり、豊かで広がりあるrayi――繁栄と勝利の増大――を、馬、豊穣、そして「百倍」の成長として授けることを祈る。
Sukta 4.50
『リグ・ヴェーダ』4.50は、聖なる言葉と祭司的威力の主ブリハスパティに捧げられたトリシュトゥブ韻律の讃歌である。彼は共同体の「基盤」を守護する者として、また敵対的な襲撃や諸々の障碍を打ち破る力として招請される。讃歌はその勝利の威力を称え、正しい秩序(リタ)の生成の胎を守るよう願い、結びではインドラとともにブリハスパティに、増大と正しい思慮の導き、そして災厄の粉砕を求める。
Sukta 4.51
この讃歌は、ウシャス(暁)を、闇から秩序ある識別とともに立ち上がり、人の生と聖なる祭儀のために「道」を開く、豊かな光として讃える。暁たちは互いに似て老いることがないのに、日ごとに新たな啓示として到来することに驚嘆し、結びには、祭祀のしるしを通して天と地から授けられる名声と安定を祈願する。
Sukta 4.52
この讃歌は、ウシャス(暁)を、天の輝ける娘として讃える。彼女は祭祀者に向かって現れ、姉妹なる夜を取り巻き、これを払いのける。詩人は暁に、光線によって諸世界を広げ、吉祥なる働きを目覚めさせ、憎しみと分断の力を追い払って、祭主が真実の讃歌によって迎え入れられるようにと祈願する。
Sukta 4.53
この讃歌は、目覚まし手サヴィトリ(Savitṛ)を招き、進み来るその光が祭祀者を守護と正しい秩序(ṛta)、そして内なる明澄へと高めることを願う。宇宙の法則を侵すことのできない統御を讃え、衆生を支える伸べられた両腕を讃嘆し、昼夜と季節の循環のうちに住まいの増大、養い、子孫、富の増益を祈り求める。
Sukta 4.54
この短い讃歌は、神聖なる「衝き動かす者」サヴィトリ(Savitṛ)を讃える。彼は祭祀と礼拝を目覚めさせ、財宝を分かち与え、祭主に最上の「draviṇa」(資財・力・繁栄)を確立する。サヴィトリの真の衝動の及ぶところは測り知れず、大地の広がりから天の高みへと至ることが強調される。結びでは、サヴィトリが日に三度もたらす吉祥の鼓動によって、より広い神々の輪に守護と平安を祈り求める。
Sukta 4.55
本讃歌は、ヴァス(Vasus)の諸力、天と地(Dyāvā‑Pṛthivī)、アディティ(Aditi)、そしてアーディティヤ(Ādityas)――とりわけヴァルナ(Varuṇa)とミトラ(Mitra)――への共同の祈願であり、祭主を守護し、祭儀の中に「varivas」(自由な余地、妨げなき安寧と福祉)を広げることを求める。切迫した問い――人間の圧迫的な力に対して、真の守りとは何か――から始まり、ついで世界の諸力が目的へと流れ寄る宇宙的展望へ移り、最後に、善き神的働きかけを簡潔に招いて豊穣をもたらすよう結ぶ。
Sukta 4.56
この讃歌は、天と地(Dyāvāpṛthivī)を、原初にして広大なる父母として讃える。彼らは空間を押し広げ、ṛta(宇宙の秩序)を支え、祭祀を輝かせる。ヴァーマデーヴァは、清らかな讃歌によって彼らがいよいよ光り輝き、広い守護を授け、ヤジュニャ(yajña)の周りに座して、祭主が正しい道に堅固に立てるようにと願う。
Sukta 4.57
この讃歌は、農耕と宇宙的な生殖力を司る「田の主」クシェートラシャ・パティへの祈願であり、耕作の勝利、牛馬の繁栄、養いの不断の増大を求める。さらに、吉祥な富饒と鋤耕の力であるシュナー=シーラーを招き、パルジャニヤの雨を呼んで、大地を甘く実り豊かにし、人の働きと内なる成長を支えるよう願う。
Sukta 4.58
RV 4.58は、酥油(ghṛta)を光輝あるソーマの精髄として歌う神秘的讃歌である。宇宙の海から蜜の波が立ち上がり、微妙な圧搾と内的浄化を通して「不死」となる。そこでは祭儀の供献が秘められた形而上学と結びつき、ghṛtaは神々の舌であり、アムリタ(amṛta)の臍でもあるとされ、外なる供物が内なる澄明な意識の流れを映し出す。
Mandalas 2–7 are “Family Books” because their hymns are largely preserved under particular seer lineages. Mandala 4 is chiefly attributed to Vāmadeva of the Gautama family, giving it a relatively unified style and theological voice.
Mandala 4 centers on Indra’s heroic power and Agni’s priestly mediation, framed by soma ritual performance. It also stands out for lyrical nature description and reflective language about dhī (inspired insight) and ṛta (cosmic order), including hymns that feel personally visionary.
The Ṛbhus are divine craftsmen associated with renewal, perfected form, and the multiplication of prosperity. In Mandala 4 they exemplify how welcoming skilled, divine agency into the soma sacrifice is believed to restore and enhance life, wealth, and ritual success.
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