
Ritual Vows & Sacred Observances
Prescriptions for vratas (religious vows), fasting observances, festival rites, and their spiritual merit according to dharma-shastra.
Chapter 175 — प्रायश्चित्तानि (Prāyaścittāni: Expiations)
本章は『アグニ・プラーナ』におけるプラーヤシュチッタ(贖罪・浄化の儀礼)の教説循環を締めくくり、それをダルマ維持の大きな体系の一部として位置づける。アグネーヤの方法では、贖罪は単なる処罰ではなく、過失の後に修行者をシャーストラの秩序へと再調整する回復的な儀礼学である。贖罪を「ヴラタ」(誓戒・斎戒)の正式定義の直前で結ぶことで、本文は連続性を示す――規律が破れれば贖罪が修復し、規律を抱けばヴラタが予防し変容させる。語りは師としてのアグニがヴァシシュタに説く形を保ち、倫理的意図・儀礼行為・社会的責務を、精密で反復可能な手続きによって結びつけるというプラーナ的教育を強調する。さらに次章の暦法と規制の枠組みへの導入として、浄化と遵守が同一の技術的基盤――時間、食、清浄、マントラ、布施の規則――を共有し、世俗の安定と解脱の双方に向けられることを示す。
Pratipadā-vratāni (Vows Observed on the Lunar First Day)
アグニ神は、プラティパダー(Pratipadā:月の第一日)に基づく諸ヴラタを体系的に説き起こし、朔後の初日を一年にわたる修行規律へ入るための、儀礼的に力ある入口として示す。さらに、カールッティカ(Kārttika)・アーシュヴァユジャ(Āśvayuja)・チャイトラ(Caitra)のプラティパダーをブラフマー(Brahmā)のティティ(tithi)と定め、暦の時間を特定の神格への帰依焦点と結び付ける。章はついでヴラタの「実践技法」を述べる――断食規定(長期の食断ちや統制された食事法を含む)、マントラ「Oṃ tat sat brahmaṇe namaḥ」をガーヤトリー(Gāyatrī)とともにジャパすること、そしてブラフマーの明確な観想(黄金色、結髪、アクシャマーラーakṣamālāと供杓を持ち、カマンダルkamaṇḍaluを備える)。布施(dāna)は測り得る倫理的成果として組み込まれ、力に応じた乳の施与が勧められ、その果として浄化・天界の享楽・バラモンの世俗的繁栄が説かれる。第二の流れでは、マールガシールシャ(Mārgaśīrṣa)におけるダンニャ・ヴラタ(Dhanya-vrata)を、ナクタ(nakta:夜のみ食す)とホーマを伴って示し、続いて一年間アグニを礼拝し、最後に黄褐色の牝牛を施して円成する。章末はシキー・ヴラタ(Śikhī-vrata)とその果――ヴァイシュヴァーナラ(Vaiśvānara)の境地/住処の獲得――を挙げ、ヴラタ行がブクティ(bhukti:繁栄)と高次の霊的到達の双方に結び付くことを明らかにする。
Adhyāya 177 — Dvitīyā-vratāni (Observances for the Lunar Second Day)
火神アグニは、月の第二日(ドヴィティーヤー)を中心とする誓戒の次第を説き、月・半月(pakṣa)・日分(tithi)の厳密さを、bhukti(現世の福楽)とmukti(解脱)を併せ得るための儀礼枠組みとして示す。冒頭のDvitīyā-vrataは、花のみを食する斎戒とアシュヴィン双神への礼拝で、繁栄・美・天界の功徳を約し、Kārttika白半月第二日にはヤマ礼拝の別法が説かれる。続くAśūnya-śayana(Śrāvaṇa黒半月第二日)は、祭火・神々・祖霊・夫婦和合という家の連続を守るため、シュリー(ラクシュミー)を伴うヴィシュヌを請じ、礼拝、毎月のソーマ・アルギャを真言とともに捧げ、ギーによるホーマ、夜の規律、そして布施(寝台、灯明、器具、傘、履物、座、水壺、尊像、器)を定める。次にKānti-vrata(カールッティカ明半月)は夜のみ食し、バラ=ケーシャヴァを礼拝して光輝・長寿・健康を得る。最後にŚiṣṇu-vrataが、Pauṣa白半月第二日から四日間の行として説かれ、芥子・黒胡麻・ヴァチャー・sarvauṣadhi諸薬草による段階的沐浴、Kṛṣṇa/Acyuta/Ananta/Hṛṣīkeśaの名による花供養、月へのアルギャを尊称とともに捧げ、長き浄化の功徳を結語とし、写本異同と伝統的実修者(王・女性・神々)にも触れる。
Tṛtīyā-vratāni (Vows for the Third Lunar Day): Lalitā Tṛtīyā, Mūla-Gaurī Vrata, and Saubhāgya Observances
アグニ神は本章の冒頭で、ドヴィティーヤ(第二日)の誓戒からトリティーヤ(第三日)の誓戒へと移り、これらがブクティ(現世の享受・繁栄)とムクティ(解脱)の双方を授けると明言する。ついで、チャイトラ月白分第三日(Caitra śukla tṛtīyā)に行うムーラ・ガウリーの行法を説き、ガウリーがハラ(シヴァ)と婚姻したことを記念するものとする。胡麻湯の沐浴による浄化に始まり、シャンブーとガウリーを吉祥の供物(「黄金の果実」など)で同時に供養する。中心となるのは長大なマントラ・ニヤーサ(肢体別の招請)で、足・足首・脛・膝・腰・腹・乳房・喉・手・腕・顔・鼻・眉・口蓋・髪・頭頂へと神名と力を安置し、シヴァ=シャクティの神学を身体化された礼拝に統合する。花と香料、月ごとの供養次第が定められ、最後はダーナとして、バラモン夫婦を敬い、諸品の一式を施し、黄金のウマー=マヘーシュヴァラ像と牛などの大施を行う。代替の時期(ヴァイシャーカ、バードラパダ/ナーバスヤ、マールガシールシャ)や、繰り返しの礼拝とムリティユンジャヤの誦持を含む第二の手順も示される。さらにアグニ神はサウバギャ誓戒(とくにパールグナ月第三日からの塩断ち)を導入し、各トリティーヤに対応する女神の相を列挙して、サウバギャとスヴァルガ(天界)を約束する。
Caturthī-vratāni (Vows of the Fourth Lunar Day)
火神アグニは、チャトゥルティー(Caturthī)に基づく諸ヴラタを体系的に説き起こし、これらがブクティ(現世の享受・安寧)とムクティ(解脱)という二重の果を授ける修行であると明言する。章頭では、異本・写本差に関する簡短な注記を置き、ついで月別・ティティ(太陰日)別の規定を示す。Māgha月白分第四日(śukla-caturthī)には断食と礼拝を命じ、儀礼の焦点を「Guṇa」(徳・卓越)に定める。実践は第五日(pañcamī)まで及び、胡麻飯の供物によって一年の無障碍の安泰を祈り、根本真言(mūla-mantra)「gaṁ svāhā」と、aṅga-nyāsa(「gām」に始まる心・肢体への真言安置)の用法を説く。さらに「āgaccha ulkā」「gaccha ulkā」によるāvāhana(勧請)とvisarjana(送神)の次第、guggulu香やmodaka菓子の供献、そしてGaṇeśa-gāyatrī風の追加真言を詳述する。最後に、Bhādrapada月のCaturthī Kṛcchra、Phālguna月Caturthīの夜断食Avighnā、Caitra月Caturthīにdamana/dūrvāでGaṇaを礼拝する法などを配し、ヴラタを吉祥成就と霊的浄化の技法として示す。
Chapter 180 — Pañcamī-vratāni (The Pañcamī Observances)
ヴラタ・カーンダ(誓戒章)の流れの中で、火神アグニは、現世と究竟の双方の果報—ārōgya(健康)、svarga(天界の功徳)、mokṣa(解脱)—をもたらすための、集中的な「パンチャミー・ヴラタ(第五日誓戒)」を説く。章頭では、マントラ/誦唱の層に異読があることを示す本文批判的注記が置かれ、正しい発音と儀礼の精確さを重んじるプラーナの実践志向が強調される。ついでアグニは暦上の条件を定め、Nabhas・Nabhasya・Āśvina・Kārttika の諸月における śukla-pakṣa(白分・明半月)にこの誓戒を行うべきだとし、時間のダルマに基づいて修行を位置づける。主要な儀礼要素は、著名なナーガ—Vāsuki、Takṣaka、Pūjya、Kāliya、Maṇibhadra、Airāvata、Dhṛtarāṣṭra、Karkoṭaka、Dhanañjaya—を憶念し名を誦することであり、その招請は護りと吉祥の枠組みとなる。得られる果は無畏、長寿、知識、名声、繁栄であり、アグニ・プラーナの特色である、誓戒を霊的規律であると同時にアグネーヤ・ヴィディヤーにおける安寧の「技法」として統合する姿勢が示される。
Vows of the Sixth Lunar Day (Ṣaṣṭhī-vratāni)
アグニ神は、誓戒章(Vrata-khaṇḍa)の暦に即した教示を続け、パーンチャミーの誓(Pañcamī-vrata)からシャシュティーの誓(Ṣaṣṭhī-vrata)へと移り、陰暦第六日を、bhukti(現世の享受・果報)とmukti(解脱)の双方をもたらし得る儀礼上の要所として示す。章頭でアグニはṢaṣṭhīの行法を説くと約し、ある系統ではカールッティカ月(Kārttika)を起点とするが、写本異同により別の冒頭や読みにも伝承がある。要となる実践は、摂食の規定(系統により果実のみ、または清浄で簡素な一食)と、arghyaなどの供献である。続いて、バードラパダ月(Bhādrapada)の第六日に修すれば不滅(akṣaya)とされる「スカンダ・シャシュティー」(Skanda-Ṣaṣṭhī)を挙げ、さらにマールガシールシャ月(Mārgaśīrṣa)に守るべき「クリシュナ・シャシュティー」(Kṛṣṇa-Ṣaṣṭhī)を告げる。結びでは苦行が一段と強められ、一年にわたる断食が、享受と解脱という二重のpuruṣārthaを授けると説かれ、儀礼の規律を超越へ結びつける『アグニ・プラーナ』の方法が明らかにされる。
Saptamī-vratāni (Vows of the Seventh Lunar Day)
アグニ神は、シャシュティー・ヴラタの章を結んだ直後に、サプタミー・ヴラタの教示を開始し、ヴラタ・カーンダにおけるティティ(太陰日)にもとづくダルマの体系的配列を継続する。サプタミーの修法はスーリヤ/アルカ(Sūrya/Arka)礼拝を中心とし、ブクティ(現世の享受)とムクティ(解脱)の双方を与えると説き、とりわけマーガ月(Māgha)白分に正しく供養すれば憂いを離れると明言する。さらに月とパクシャ(明暗半月)によって果報を分け、バードラ月(Bhādra)ではアルカ・プージャーが所願成就を速やかにし、パウシャ月(Pauṣa)白分では断食しつつアルカを礼拝することが罪を滅する行として強調される。加えて、マーガ月黒分サプタミー(Māgha kṛṣṇa Saptamī)の「一切成就」の霊験、ナンダー(Nandā)に結びつくパールグナ月(Phālguna)白分サプタミーの太陽礼拝、そしてマールガシールシャ月(Mārgaśīrṣa)白分における名号ある修法—アパラージター・サプタミー(Aparājitā Saptamī)と、女性のための年次プトリーヤー・サプタミー(Putrīyā Saptamī)—を説き、暦に即した儀礼、スーリヤへの専念、誓戒の構造が実践的な救済論として結実することを示す。
Aṣṭamī-vratāni — Jayantī (Janmāṣṭamī) Vrata with Rohiṇī in Bhādrapada
アグニ神はアष्टमीヴラタの循環を開始し、バードラパダ月の暗半月において第八日(アष्टमी)がローヒニー宿と合致する時、最上の誓戒を定める。これはその合においてシュリー・クリシュナが誕生したため「ジャヤンティ」と呼ばれる。ヴラタは真夜中を中心とする礼拝次第として構成され、ウパヴァーサ(断食)による内的浄化から、神格の安置と多層の供養へと進む。行者はクリシュナに加えバラバドラ、さらに父母の輪(デーヴァキー、ヴァスデーヴァ、ヤショーダー、ナンダ)を招請し、マントラに導かれてウパチャーラ—スナーナ(沐浴供)、アルギャ、花、ドゥーパ(香)、ディーパ(灯明)、ニヴェーディヤ(食供)—を行い、ゴーヴィンダをヨーガ、ヤジュニャ、ダルマ、そして宇宙の根源として繰り返し讃嘆する。月と星宿の要素として、ローヒニーとともに月を礼拝し、シャシャーンカへアルギャを捧げる。真夜中には、ギーを混ぜたジャガリーを流れのように分けて供え、聖名を唱えて儀礼は頂点に達する。最後に布施(布・金)とブラーフマナへの施食を行い、七生の罪の解消、子孫、年々の修行による無畏、そしてヴィシュヌローカ到達を約束し、ブクティ(現世の福)とムクティ(上昇と解脱)を明確に結び合わせる。
Chapter 184 — अष्टमीव्रतानि (Aṣṭamī Observances: Kṛṣṇāṣṭamī, Budhāṣṭamī/Svargati-vrata, and Mātṛgaṇa-Aṣṭamī)
アグニはヴァシシュタに、アष्टमी(第八日)を中心とする誓戒を説き、暦の厳密さ、身体の節制、シヴァへの帰依、そして社会的・儀礼的義務を結び合わせる。章はまずマートリガナ・アष्टमीから始まる。チャイトラ月のクリシュナ・アष्टमीに、ブラフマーニーを先頭とする母神群を礼拝すれば、繁栄とクリシュナの世界への参与が約束される。続いて、マーガシールシャ月に始まる一年間のクリシュナ・アष्टमीのヴラタが述べられる。夜のみ食するナクタ断食、浄化の作法、地に寝る苦行を行い、月ごとにシヴァを(シャンカラ/シャンブ/マヘーシュヴァラ/マハーデーヴァ/スターヌ/パシュパティ/トリヤンバカ/イーシャ)として順次礼拝し、それぞれに厳しい食規定(牛尿、ギー、乳、胡麻、大麦、ビルヴァ葉、米など)が付される。結願はホーマ、マンダラ供養、バラモンへの施食、定められた布施(牛・衣・金)によって成り、現世利益(ブクティ)と解脱(ムクティ)の双方を得るという。特例として水曜のアष्टमीであるブダヴァーラ・アष्टमी(スヴァルガティ・ヴラタ)が挙げられ、インドラの位を授けるとされる。芒果葉の器にクシャ草を添え、定量の米を供え、清浄なサットヴァ的礼拝の後に物語聴聞(カター)とダクシナーを行う。さらに、ディーラの一家、牡牛ヴリシャ、喪失と回復、ヤマの界、そしてブダ・アष्टमीを二度守る果報を語る譬話により、祖先を地獄から天へ引き上げる救済力が示される。末尾ではプナルヴァスの日のアショーカ芽の飲用儀礼と、悲しみを除くアष्टमीの祈りが説かれ、チャイトラ以後の母神供養が敵に勝つ力を与えると重ねて確認される。
Chapter 185 — नवमीव्रतानि (The Observances for Navamī)
アグニ神はヴァシシュタに、ガウリー/ドゥルガーに結びつくナヴァミーの誓戒(Navamī-vrata)を説き、現世の享受(bhukti)と解脱(mukti)の双方に及ぶ成就(siddhi)を明言して約束する。儀礼は暦法の精密さに支えられ、ナヴァミーをPiṣṭakāと呼び、アーシュヴィナ月白分(Āśvina śukla)の時刻とナクシャトラ条件を吟味し、女神礼拝後に粉物を食することが示される。続いて、ドゥルガーをマヒーシャマルディニー(Mahīṣamardinī)として中心に据える護国・王権の典礼が展開され、九つの座所に現れるとも一つの祠に集約されるとも説き、定められた多臂像の観想として特定の武器・持物を具える姿が示される。真言修法は、十音節のドゥルガー護身真言、追加の句、拇指から小指に至る身のニヤーサ(nyāsa)を詳述し、秘伝性と障碍なき実修を強調する。さらに武器供養、忿怒の女神名、方位別供物(異読により血肉供を含む)へと及び、粉団で作る敵像の無力化、夜のマートリカー(Mātṛ)と猛相への礼拝、パンチャームリタ(pañcāmṛta)沐浴、バリ供、旗(dhvaja)や車行列(ratha-yātrā)などの公的祭標をもって結び、信愛・像法・ラージャダルマ(Rājadharma)志向の守護を統合する。
Daśamī-vrata (Observance for the Tenth Lunar Day)
ヴラタ・カンダにおけるティティ(陰暦日)別の誓戒の連続的叙述を受け、ナヴァミーの諸ヴラタを終えた直後に、主アグニはダシャミー・ヴラタを説く。その果報をプルシャールタの語—ダルマ、カーマおよび関連する目的—で示し、儀礼的規律を、倫理的・霊的功徳と秩序ある世俗的繁栄の双方をもたらす手段として位置づける。中心実践は節制であり、ダシャミーの日にはエーカバクタ(食事は一度のみ)を守って、摂取の統制を浄化法として強調する。ヴラタはダーナ(布施)で成就し、社会的意義ある施与として十頭の牛を施すことで、私的苦行を公的善行によって完成させる。さらに威信ある寄進として、黄金で作った八方位(ディク)を供えることが説かれ、これにより施主はブラーフマナの中で主たる地位に高められるという。かくしてアグニの教えは、内なるニヤマ、ティティという聖なる時、そして外なるダーナを一つのダルマの実践体系へと結び合わせる。
Ekādaśī-vrata (Observance of Ekādaśī)
アグニ神は、ダシャミー(Daśamī)誓戒の章に続いて直ちにエーカーダシー(Ekādaśī)誓戒を説き、断食を、bhukti(現世の福楽)とmukti(解脱)の双方をもたらす精妙に調整された霊的技法として示す。修行はダシャミーから始まり、食事を節し、肉食と性行為を厳禁して身心を整え、エーカーダシーに備える。エーカーダシー当日は白分・黒分のいずれでも飲食を禁じ、暦上の要点が重視される。すなわち、エーカーダシーがドヴァーダシー(Dvādaśī)と重なるとハリ(Hari)の臨在が増すとされ、pāraṇa(斎明け)の時刻が決定的となる。章は、特定のtithi分割条件のもとではトラヨーダシー(Trayodaśī)にpāraṇaが可能で、その功徳はヴェーダの供犠百回に等しいと述べる一方、ダシャミーと混在するエーカーダシーは守るべきでない(不利な結果を招く)と警告する。誓戒は、蓮華眼のアチュタ(Acyuta)に帰依する信愛のsaṅkalpaによって枠づけられる。吉祥なナクシャトラの組合せとして、白分エーカーダシーのプシュヤ(Puṣya)および、エーカーダシー/ドヴァーダシーと結ぶシュラヴァナ(Śravaṇa)(Vijayā tithi)が挙げられ、ファールグナ月のプシュヤ=ヴィジャヤは蜜と肉を避ければクロール倍の功徳を約束する。最後にヴィシュヌ礼拝(Viṣṇu-pūjā)を総合的upakāraとして成就し、富、子孫、そしてヴィシュヌ界(Viṣṇu-loka)での名誉を授ける。
Chapter 188: द्वादशीव्रतानि (The Dvādaśī-vows)
アグニ神は、ドヴァーダシー(Dvādaśī)の諸誓戒を体系的に列挙し、これらが bhukti(現世の享受・繁栄)と mukti(解脱)の双方をもたらす手段であると明言する。実践は、一日一食の節制、信愛(バクティ)、そして求めずに与えられたものを受け取る(ayācita)という姿勢によって行うべきだと説く。章は誓戒を祭式暦に配当し、チャイトラ月白分のドヴァーダシーでは、欲神カーマを制するハリを礼拝してマダナ・ドヴァーダシー(Madana-Dvādaśī)とし、マーガ月白分にはビー マ・ドヴァーダシカー(Bhīma-Dvādaśikā)、パールグナ月白分にはゴーヴィンダ・ドヴァーダシー(Govinda-Dvādaśī)と関連儀礼を示す。さらに、アーシュヴァユジャ月のヴィショーカ・ドヴァーダシー(Viśoka-Dvādaśī)や、バードラパダ月のゴーヴァツァ・ドヴァーダシー(Govatsa-Dvādaśī)では牝牛と子牛を供養し、罪障の滅除と功徳の増大を強調する。要所ではティラドヴァーダシー(Tiladvādaśī)を厳密な暦条件で定義し、黒分(Kṛṣṇa-pakṣa)のドヴァーダシーが正午後で、かつシュラヴァナ(Śravaṇa)と合する時とする。その上で胡麻を中心とする儀礼—胡麻浴、胡麻ホーマ、胡麻ナイヴェーディヤ、胡麻油灯、胡麻水、胡麻の布施—を定め、最後に「Oṃ namo bhagavate vāsudevāya」の真言でヴァースデーヴァを礼拝して成就させる。続いて、シャット・ティラ・ドヴァーダシー(Ṣaṭ-tila Dvādaśī:天界の果報)、ナーマドヴァーダシー(Nāmadvādaśī:ケーシャヴァの名の順序で一年礼拝)、スーマティおよびアナンタ・ドヴァーダシー、そして「Kṛṣṇa-jaya」の礼讃を伴うスガティ・ドヴァーダシーを挙げ、結びにパウシャ月白分ドヴァーダシーがSampprāptiに関わる誓戒の時であると述べ、解脱へ向かう儀礼科学としてのダルマというプラーナ的論理を保つ。
Śravaṇa Dvādaśī Vrata (श्रवणद्वादशीव्रतम्)
火神アグニは聖仙ヴァシシュタに、バードラパダ月の白分において、月宿シュラヴァナが重なる時に修すべき「シュラヴァナ・ドヴァーダシーの誓戒(vrata)」を説く。本章は、ウパヴァーサ(断食)と、聖なる聴聞および賢者の法談に結びつく吉祥ゆえに、この誓戒が殊に大いなる功徳をもつと位置づける。行者は第十二日にニラーアーハーラ(無食)を守り、第十三日に一般の禁忌と相反してもパーラナ(斎明け)を行う。ヴィシュヌ=ヴァーマナ礼拝は、金のヤントラ上に据えた水壺に招請して行い、清水とパンチャームリタでアビシェーカを施し、白布の覆い・傘・履物などの儀具を用いて、整ったプージャー作法を示す。続いて、ヴィシュヌの諸肢に真言を配当する身体部位礼拝(ニャーサに類する)を行い、ギーで調理した供物(ナイヴェーディヤ)を捧げ、凝乳飯の壺を施与し、夜の覚醒、夜明けの河川合流点での沐浴、そしてゴーヴィンダ(ブダシュラヴァナ)への花供養合掌祈願(プシュパーンジャリ)を修する。最後にダクシナーと婆羅門への施食をもって円成し、ヴァーマナが供物に遍満して受納し、相応に恩寵として、享楽(bhukti)・名声(kīrti)・子孫・自在富貴(aiśvarya)・解脱(mukti)を授けると教理的に宣言する。
Chapter 190: Akhaṇḍa-dvādaśī-vrata (The Unbroken Dvādaśī Vow)
アグニ神は聖仙ヴァシシュタに、誓願を「断絶なく」全うさせるための儀礼(vrata-sampūrṇatā)として、アカンダ・ドヴァーダシー(Akhaṇḍa-dvādaśī)の行法を説く。修行者はマールガシールシャ月(Mārgaśīrṣa)白分のドヴァーダシーに、ヴィシュヌを礼拝して断食し、パンチャガヴャ(pañcagavya)の水で沐浴したのち、浄化の物質を儀礼的に受用する。要となるのは布施(dāna)で、ドヴァーダシー当日に大麦と米を入れた器をブラーフマナに施す。さらに本章は祈願の枠組みを示し、七生にわたり積み重なった誓願の不完全さをヴィシュヌが修復してくださるよう請い、宇宙がプルショーッタマ(Puruṣottama)において「断たれぬ」ものとして成り立つという形而上の像に根拠づける。アグニはこれを月ごとの遵守やチャートゥルマーシャ(Cāturmāsya)へと拡張し、月別の供物としてシャクトゥ(śaktu:炒った大麦粉)の鉢などを挙げる。最後に、シュラーヴァナ(Śrāvaṇa)からカールッティカ(Kārttika)末のパーラナ(pāraṇa)までの正しい時期を強調し、欠落は七生に響くと戒める一方、成就すれば長寿・健康・福徳・王権・享楽を得ると説く。
Trayodaśī-vratāni — Anaṅga-Trayodaśī and Kāma-Trayodaśī (Chapter 191)
アグニ神は、月の第十三日(Trayodaśī)の誓戒を体系的に説き起こし、まずアナンガ(Anaṅga=カーマ)に結びつく「アナンガ・トラヨーダシー」と、アナンガとハラ(Hara=シヴァ)を対にして礼拝する法を示す。章はマールガシールシャ月(Mārgaśīrṣa)以降、月ごとの修法を配し、神の招請、特定の苦行的食制、夜のホーマ(酥油に胡麻と米を添えて供える)を組み合わせる。結びには布施(dāna)の規定—衣、牛、寝台、傘、壺、履物、座具、器—を明記し、誓戒が社会的かつ聖なる施与によって成就することを示す。さらにチャイトラ月(Caitra)では、ラティとともにカーマを念じ、吉祥の顔料でアショーカ樹を描き、半月(十五日)にわたる礼拝で願望成就を求める。かくして本章は、時間の規律、感官の制御、図像・儀礼行為、布施を一体化したサーダナーとして、繁栄・吉祥・増上の功徳を目指すヴラタ篇のダルマ的技法を示している。
Chapter 192: चतुर्दशीव्रतानि (Vows of the Fourteenth Lunar Day)
アグニはチャトゥルダシー(Caturdaśī)諸誓戒の教説を始め、月の第十四日を bhukti-mukti-pradāyaka(享楽と解脱の双方を授けるもの)と明言し、とりわけカールッティカ月に断食してシヴァを礼拝する功徳を説く。続いて諸形態を列挙する。(1) シヴァ・チャトゥルダシーは、暦上の精確な合致に従って修すれば、長寿・財富・諸楽を与える。(2) パラ(果)・チャトゥルダシー(または第十二/第十四日)は、果物食、酒の禁断、果物の布施を重んじる。(3) ウバヤ・チャトゥルダシーは、明分・暗分の両半月において第十四日(および第八日)に断食し、シャンブ(Śambhu)を礼拝して天界を約束する。さらに、クリシュナ(暗分)アシュタミーとクリシュナ・チャトゥルダシーにおけるナクタ(夜のみの食事)を定め、現世の快楽と死後の吉祥な帰趣を説く。後半は儀礼の細目へ移り、カールッティカ月クリシュナ・チャトゥルダシーの沐浴、旗形の柱(dhvaja)を用いたインドラ礼拝、そしてシュクラ(明分)チャトゥルダシーのアナンタ儀礼—ハリをアナンタとして礼拝し、ダルバ草の配置と水器を備え、米粉のプーパを供え(半分はブラーフマナへ)、河川合流点でハリの物語を誦し、加持された糸を手または首に結んで繁栄と幸福を願う—を述べる。
Śivarātri-vrata (The Observance of Śivarātri)
火神アグニはヴァシシュタに、シヴァラートリの誓戒(ヴラタ)を説き、これは bhukti(現世の享受)と mokṣa(解脱)の双方を授ける儀礼であると教える。実施日は暦により、マーガ月とパールグナ月の間に当たる Kṛṣṇa-caturdaśī(暗半月の第十四日)に定められる。行者は第十四日に upavāsa(断食・斎戒)を行い、夜通しの jāgaraṇa(徹夜の覚醒・守夜)を礼拝の中心とする。章は信愛の作法を示し、享楽と解脱の授与者として Śambhu を招請し、衆生を「地獄の海」から渡す舟として Śiva を讃え、子孫、王権、吉祥、健康、学識、dharma、財、そして最終的に svarga と mokṣa を祈願する。結びに、この誓戒の実践しやすさと変容の力が強調され、狩人や罪人スンダラセーナのような周縁の者でさえ、規律ある信愛によって功徳を得られるという、プラーナ的な救済と高揚の主題が示される。
Aśoka-Pūrṇimā and Related Vows (अशोकपूर्णिमादिव्रत)
ヴラタ・カーンダの暦に基づく規律を継ぎ、アグニはヴァシシュタに、聖なる時を秩序あるダルマへと結晶させる諸誓戒を説く。冒頭で先のシヴァラートリー・ヴラタをブクティ–ムクティ(享受と解脱)を与えるものと称え、続いてアショーカ・プールニマーを説く。すなわちファールグナ月の白分にブーダラとブヴァを礼拝し、一年守れば享楽と解脱を得る。次にカールッティカ月の儀礼として、ヴリショーツァルガ(牡牛の放免/施与)にナクタム(夜に一度だけの食事)を合わせる行を挙げ、至上のヴリシャ・ヴラタとしてシヴァの住処へ導くとする。さらにピトリ・アマーヴァースヤーでは、祖霊へのアクシャイヤ(不滅)の供物と一年の斎戒・祖霊礼拝により罪が除かれ天界を得ると説く。結びはサーヴィトリー・アマーヴァースヤーで、ジェーシュタ月十五日に女性が三夜断食し、バニヤンの根元で貞節の大女神を七種の穀粒と装身具で供養し、歌舞を伴う徹夜の守夜、ブラーフマナへのナイヴェーディヤ供進と饗応、送神の作法を行い、デーヴィーの歓喜によってサウバーギャ(良縁・夫婦の福)と吉祥の繁栄を願う。
Chapter 195 — तिथिव्रतानि (Tithi-vratāni) — Vows according to lunar days (closing colophon)
本章は主として移行の標識として機能し、ヴラタ篇(Vrata-khaṇḍa)におけるティティ(陰暦の月日)にもとづく誓戒(tithi-vratāni)の教説連鎖を結語(colophon)によって締めくくる。結語は、月日を儀礼の座標としてダルマの実践を導く暦的規律体系が完結したことを告げる。ここでティティ循環を終えることで、行者は月の算定から太陽および曜日の算定へと移る準備を整えつつ、『アグニ・プラーナ』の方法—実践的な儀礼技法を、bhukti(秩序ある世俗生活)とmukti(霊的解脱)の双方を支える道として提示する—を保ち続ける。
Chapter 196 — Nakṣatra-vratāni (Observances of the Lunar Mansions)
アグニ神は聖仙ヴァシシュタに「ナクシャトラ・ヴラタ(宿曜の誓戒)」を説き、ナクシャトラ・プルシャの招請とチャイトラ月(Caitra)から始める。ハリ(ヴィシュヌ)は、宿曜を宇宙身の各肢—足、脛、膝、腿、性器、腰、脇腹、腹、乳房、背、腕、指、爪、喉、耳、口、歯、鼻、眼、額—へ配当して礼拝され、天上の時間が具身の儀礼秩序へと転化する。Citrā/Ārdrāおよび年末の特別供養では、黒糖(jaggery)を満たした壺に黄金のハリ像を安置し、ダクシナー(dakṣiṇā)の品目は写本系統により異なる。続いて、カールッティカ月(Kārttika)とクリッティカー宿(Kṛttikā)を中心とするŚāmbhavāyanīya誓戒を述べ、ケーシャヴァの名号またはアチュタ(Acyuta)真言を用い、月ごとの食供、パンチャガヴ்ய(pañcagavya)による浄化、そして送神(visarjana)後にnaivedyaとnirmālyaを区別する教義定義を示す。結びの祈願は罪障滅除、功徳増長、尽きぬ繁栄、家系継続を求め、七年の修行でbhuktiとmuktiを得るという。さらにアグニはアナンタ誓戒(Mārgaśīrṣa/Mṛgaśīrṣa)を導入し、油を用いぬ夜食、四か月の護摩(homa)日程、無尽の功徳、そしてこの誓いによりマーンダータ(Māndhātā)が誕生した譬えを語る。
Chapter 197 — दिवसव्रतानि (Day-based Vows): Dhenu-vrata, Payo-vrata, Trirātra-vrata, Kārttika-vrata, and Kṛcchra Observances
アグニは「日による誓戒」(divasa-vratāni)の新たな教説を開始し、まずDhenu-vrata(牛に関わる布施の誓い)と、贈施儀礼の枠組みを説く。続いてpayo-vrata(乳の誓い)を段階的な苦行として示し、一日だけでも「最高の繁栄」を得、長期の実修には、如意樹の金模型やpala重量で量る「黄金の大地」など高価な象徴的布施を伴うと述べる。次にtrirātra-vrata(三夜の誓い)を詳説し、半月ごと・月ごとの反復、eka-bhakta(一日一食)の節制、Janārdana/Viṣṇuへの明確な帰依を強調し、富からHariの住処への昇往、さらには一族の高揚に至る果報を約束する。儀礼は暦の標識(Mārgaśīrṣaの白分;Aṣṭamī/Dvādaśī)に結びつき、「Oṃ namo Vāsudevāya」の真言念誦、バラモンへの供食、衣・寝台・座・傘・聖紐・器の施与、ならびに作法不備への赦しの請願を含む。さらにKārttika-vrataを「bhukti-mukti-prada(享楽と解脱を授ける)」と明言し、最後にMāhendra・Bhāskara・Śāntapana等のkṛcchra苦行を、乳/凝乳/断食の順序とtithi・曜日の制約によって定義し、苦行を体系的で成果志向のダルマの学として提示する。
Monthly Vows (Māsa-vratāni) and Cāturmāsya Disciplines; Introduction of Kaumudī-vrata
アグニ神は、māsa-vrata(毎月の誓戒)を、bhukti(現世の福楽)とmukti(解脱)の双方をもたらす規律ある修行として説く。章はまず、Cāturmāsya(四か月の聖期)における制戒、特にその期間の油塗り(油で身を塗ること)の放棄から始まり、続いて月ごとの放棄とdāna(布施)を列挙する。たとえばVaiśākha月には牛を施し、MāghaまたはCaitra月には「ジャガリーの牛」(jaggery-cow)を供える。さらに、食と行いの苦行(nakta-bhojana、ekabhakta、果物の誓い、隔日断食、沈黙、cāndrāyaṇa、prājāpatya)を、天界・Viṣṇuloka、そして解脱志向の功徳へと至る段階的果報に結びつける。vrataはsaṅkalpa(誓願)と暦の定めによって儀礼的に完結し、Cāturmāsyaの準備、太陽がKarkaṭa(蟹宮)へ移る時のHari礼拝、そして途中で死が訪れても成就として数えられるよう祈願することが説かれる。末尾ではĀśvina月のKaumudī-vrataを導入し、Dvādaśī日に花・灯明・ギーと胡麻油の供物をもってヴィシュヌを礼拝し、「Om namo Vāsudevāya」の真言を唱えて四つのpuruṣārtha(人生の四目的)を得ると約束する。
Adhyāya 199 — Nāna-vratāni (Various Vows): Ṛtu-vrata, Saṅkrānti-vrata, Viṣṇu/Devī/Umā Observances
アグニはヴラタ・カṇḍaを続け、享受(bhukti)と解脱(mukti)の双方をもたらす誓戒を説く。まず四季にわたる季節の誓い(ṛtu-vrata)を示し、薪木の供献によってホーマ(homa)を助け、結びに「ギーの牝牛(ghee-cow)」やギー壺の布施などのダーナを行い、黄昏時の沈黙を修行とする。次に、サラスヴァティーに関わるサーラスヴァタの実践として pañcāmṛta で沐浴し年末に牛を施すこと、チャイトラ月(Caitra)のヴィシュヌ信仰によるエーカーダシーの夜食誓(naktāśī)がヴィシュヌの住処到達に至ること、さらにシュリー/デーヴィー(Śrī/Devī)に関する規律として pāyasa 食と轭用の牛一対の施与、祖霊(Pitṛs)と神々(Devas)への供物の後にのみ食す作法を述べる。続いてサンクラーンティ誓(Saṅkrānti-vrata)を定め、夜通しの守夜を天界を生む行として讃え、amāvasyā-saṅkrānti、uttarāyaṇa、viṣuva など暦上の要点で、ギーを prastha で量り、32 palas に定量した諸物を用いる儀礼沐浴により罪障を除くとする。最後に女性のためのウマー=マヘーシュヴァラ(Umā–Maheśvara)誓を朔望月の第3・第8日に行い、夫婦の吉祥と離別の免除を得ることを示し、太陽への信愛(Sūrya-bhakti)により性別に応じた再生が果として語られると結ぶ。
Dīpadāna-vrata (The Vow of Offering Lamps)
アグニ神は、灯明を捧げる誓戒「ディーパダーナ・ヴラタ」(Dīpadāna-vrata)を、現世の享受(bhukti)と解脱(mukti)の双方をもたらす行として説く。神殿の祠、またはバラモンの家で一年にわたり灯を供養すれば、あらゆる繁栄が授けられるという。灯明布施は比類なき功徳として称揚され、特にチャートゥルマーシャ期とカールッティカ月には、ヴィシュヌの界への到達と天上の歓楽が約束される。続いてアグニ神はラリターの譬話を語る。ヴィシュヌ寺院の灯に関わる、意図せずなされた一見些細な行為でさえ、驚くべき果報を生み、彼女は王家の福運に再生し、夫婦の繁栄も増大した。教えは報いのみならず戒めにも及び、灯を盗むことは罪として断罪され、業報として唖・鈍の生を受け、闇の地獄に堕ちると説く。さらに、感官の放縦と不義の欲(とりわけ姦通)を批判し、ハリの御名を唱え、灯を供えるといった易行へと聴き手を導く。章末では、灯明布施があらゆるヴラタの果を増幅し、この教えを聞いて受持する者は高き運命へ昇ると重ねて確言する。
Worship of the Nine Vyūhas (Nava-vyūha-arcana)
本章は、前章の灯施の誓戒(Dīpadāna-vrata)の結了を示して始まり、直ちにハリ(Hari)より伝えられたナヴァヴューハ供養(Navavyūha-arcana)という技法的儀礼へ移る。アグニは蓮華のマンダラ配置を説き、中央にヴァースデーヴァ(Vāsudeva)を安置し、方位に従ってサンカルシャナ(Saṅkarṣaṇa)、プラデュムナ(Pradyumna)、アニルッダ(Aniruddha)、ナーラーヤナ(Nārāyaṇa)を配し、それぞれを種子音(bīja)と元素・儀礼上の所処(注水の位置を含む)に結び付ける。さらにサッドブラフマー(Sadbrahmā)、ヴィシュヌ(Viṣṇu)、ヌリシンハ(Nṛsiṃha)、ブール=ヴァラーハ(Bhūr-Varāha)など関連形相のマントラ—種子音対応、門口および西方区画での補助的安置、ガルダ(Garuḍa)とガダー(gadā、棍棒)のマントラに関する特別手順が詳述される。次第は外的マンダラ構築から内面化へ進み、ダシャーンガ・クラマ(daśāṅga-krama)による礼拝、方位護神のための壺(ghaṭa)設置、トーラナ(toraṇa)とヴィターナ(vitāna)の観想、月の甘露における微細身の瞑想が説かれる。終盤では十二の種子音によるニャーサ(nyāsa)で「神身」を成し、花投げによる弟子の識別、浄化のための護摩(homa)回数、ディークシャー(dīkṣā)の謝礼を示し、入門を儀礼学の社会的・霊的な封印として位置づける。
Puṣpādhyāya-kathana (Account of Flowers in Worship)
ヴラタ・カーンダの実践的礼拝指導を継ぎ、アグニ神は聖仙ヴァシシュタに、供物—とりわけ花と芳香物—が、ハリ(ヴィシュヌ)を悦ばせる規律あるバクティの媒介であり、罪の減滅(pāpa-hāni)、現世の享受(bhukti)、解脱(mukti)、そしてヴィシュヌローカへの到達という段階的果報をもたらすと説く。本章はまず「神々にふさわしい」(deva-yogya)花と葉を列挙し、多くの供物を特定の霊的成果に結びつけ、次いで枯れたもの・折れたもの・欠陥あるもの・不吉なものを避けよと境界を定める。さらに宗派的区別として、ヴィシュヌに適する花、シヴァに用いる別の花、そしてシヴァに禁じられる供物が示される。教えの要は内面化にあり、最高の「花」とは倫理的・観想的徳—アヒンサー、感官制御(indriya-jaya)、忍耐(kṣānti)、慈悲(dayā)、寂静(śama)、苦行(tapaḥ)、禅定(dhyāna)、真実(satya;写本伝承によっては śraddhā も)—であると明かし、外的儀礼の精密さが内的品性によって完成するという『アグニ・プラーナ』の百科的総合を示す。章末では、供物を整然としたプージャ枠(āsana、mūrti-pañcāṅga、aṣṭa-puṣpikā)と神名の次第(ヴィシュヌは Vāsudeva-ādi、シヴァは Īśāna-ādi)に位置づけて締めくくる。
Chapter 203 — नरकस्वरूपम् (Naraka-svarūpa: The Nature of Hell)
アグニ神はヴァシシュタに、死の瞬間と死後において業(カルマ)の因果がいかに展開するかを説く。まず守護となる信愛の原理として、花などの供物をもってヴィシュヌを礼拝すれば地獄堕ちを免れること、また死は水・火・毒・武器・飢え・病・転落といった近因に遭遇したときに起こることを述べる。ついでジーヴァ(jīva)は行為にふさわしい別の身体を得て—罪には苦、ダルマには楽を受ける。死後の行程として、ヤマの恐るべき使者が罪人を南門と「悪路」へ導き、正しき者は別の道を進むと示される。本章の中心は、諸々のナラカ(地獄)とその刑罰を列挙し、暴力・盗み・不正な性行為・祭儀の汚損・義務の怠慢などの過失を、具体的な地獄の受報に対応づける点にある。結びでは恐れから救済へ転じ、ヴラタの継続実践—とりわけ一か月の断食、エーカーダシーの遵守、ビーシュマ・パンチャカ—がナラカの運命を避けるダルマの護りとなると説く。
Chapter 204 — मासोपवासव्रतम् (The Vow of Month-long Fasting)
アグニ神はヴァシシュタに、月間断食の誓願であるマースォーパヴァーサ・ヴラタを最上の誓いとして説く。これはヴァイシュナヴァの供犠の後、師(グル)の許可を得て受持すべきである。行者はクリッチュラ等の予備苦行で力量を測り、資格は林住者(ヴァーナプラスタ)、出家修行者、さらに女性—寡婦をも明示して—へと広げられる。誓願はアーシュヴィナ月の白分に、エーカーダシーの斎戒後に始まり、ヴィシュヌのウトターナ(目覚め)までの三十日間、ヴィシュヌ礼拝として続く。保持者は一日三度、三回の沐浴と供物、誦唱、瞑想を伴うヴィシュヌ・プージャーを行い、言語の節制、無執着、接触・行動の禁制を厳守する。ドヴァーダシーには礼拝、ブラーフマナへの施食、ダクシナーの布施、正しいパーラナ(斎戒明け)によって成就する。章は定式の布施(とくに十三の組)を列挙し、浄化、家系の向上、ヴィシュヌローカ到達の果報を約束する。なお失神した場合は、ブラーフマナに認められた供物(ハヴィス)として乳とギーの摂取が慈悲により許される。
Bhīṣma-pañcaka-vrata (The Bhishma Five-Day Vow)
アグニ神は、カールッティカ月の白分(明月)のエーカーダシーから始めるべき最高のヴァイシュナヴァの誓戒として「ビーシュマ・パンチャカ」を説く。五日間の修行は、身体の清浄(1日3回の沐浴)、神々と祖霊への報恩(デーヴァとピトリへのタルパナ)、内なる制御(マウナ=沈黙)を統合し、最後にハリへの完全な礼拝へと至る。儀礼はアビシェーカを重視し、パンチャガヴャとパンチャームリタで神像を沐浴させ、白檀を塗り、ギーを添えたグッグルなど芳香の供物を捧げる。昼夜絶えぬ灯明供養、上質のナイヴェーディヤ、そして「オーム・ナモー・ヴァースデーヴァーヤ」を108回唱える定数のジャパが信愛の核心となる。さらにホーマでは大麦(yava)、米(vrīhi)、胡麻(tila)を用い、音節誦と「スヴァーハー」を伴う六音節の真言などを規定する。花や葉を神の諸肢に段階的に供える作法、地に寝ることや食の節制(パンチャガヴャの摂取を含む)といった苦行も示される。結びにアグニ神は、この誓戒をビーシュマがハリを得たことに結びつけ、行者に現世の福(bhukti)と解脱(mukti)の双方を約束する。
Agastyārghyadāna-kathana (On the Giving of the Agastya Honor-Offering)
アグニ神は、アガスティヤを中心とするヴラタ(誓戒)式の礼拝を説き、アガスティヤを明確にヴィシュヌと同一視して、聖仙崇敬をヴァイシュナヴァの救済(ハリへの到達)へ結びつける。作法は期限と手順が定まり、三日間、日の出前に斎戒し礼拝してアガスティヤにアルギャ(供水)を捧げる。プラドーシャの時刻には、カーシャ花で作った像を水壺(ガタ/クンバ)に安置し、夜通しの覚醒(プラジャーガラ)を行う。翌朝、水辺の貯水所近くでアルギャを捧げ、海を干上がらせたこと、アーターピ–ヴァーターピを滅したことなどアガスティヤの神話的功業を讃える讃歌を唱え、福徳と吉祥なる来世を祈願する。章は供物と布施の次第として、白檀、花鬘、香、布、米・穀物、果物、黄金、さらに壺の施与を婆羅門に行い、供食とダクシナー(牛・衣・黄金)を添えることを述べる。真言の伝承異同にも触れ、女性とシュードラはヴェーダ真言なしで行うべきという便宜規定を示す。七年間アルギャを捧げ続ける長期の修行は、総合的繁栄—子なき者に子を、処女に王者の夫を—もたらすとされる。
Chapter 207: कौमुदव्रतं (Kaumuda-vrata)
Vrata-khaṇḍa における戒行の体系的列挙を継ぎ、アグニ神は「カウムダ・ヴラタ」(Kaumuda-vrata)を、アーシュヴィナ月(Āśvina)の白分(明るい半月)に一か月修するヴァイシュナヴァの行として説く。行者は bhukti と mukti の双方を願い、食の規律(1日1食とエーカーダシーEkādaśīの断食)、ハリ(Hari)の御名の持誦(japa)の継続、そしてヴィシュヌ(Viṣṇu)を中心とするドヴァーダシーDvādaśīの礼拝次第によって誓願を確立する。儀礼は感官の清浄と聖像への敬虔を重んじ、白檀・アガル(agaru)・サフランを塗香として用い、蓮華と青蓮華を供える。さらに、言葉を慎みつつ油灯を守り、pāyasa・āpūpa・modaka などの昼夜の食供を行って不断の信愛を支える。行者は「Oṃ namo Vāsudevāya」の真言により帰依し、罪過の赦しを乞い、神が儀礼に『目覚めた』と見なされるまでブラーフマナ(brāhmaṇa)に施食して、ヴラタの社会倫理的側面を完成させる。章末は、一か月にわたる持続的苦行が得られる功徳の果(phala)を増大させると結ぶ。
A Compendium of Vows and Gifts (Vrata-Dāna-Ādi-Samuccaya)
アグニ神は、ヴラタ(誓戒)とダーナ(布施)について、簡潔でありながら体系的な枠組みを示し、儀礼の時間標識—ティティ(太陰日)、ヴァーラ(曜日)、ナクシャトラ(宿)、サンクラーンティ(太陽の入宮)、ヨーガ、さらに日月食やマンヴ・アーディの日などの特別な機会—に従って諸行を整理する。続いて神学的統一原理を立て、「時」(kāla)と「供物・資具」(dravya)はともにヴィシュヌにより主宰され、スーリヤ、イーシャ、ブラフマー、ラクシュミー等はヴィシュヌのヴィブーティ(威徳の顕現)として説かれ、多様な儀礼が一義に収斂することを示す。本章は礼拝次第(āsana, pādya, arghya, madhuparka, ācamana, snāna, vastra, gandha, puṣpa, dhūpa, dīpa, naivedya)と、受者のブラーフマナ名およびゴートラを挙げる標準の布施文句を授ける。施主の願意は罪障の鎮静、健康、家系、勝利、富、そして輪廻解脱(saṃsāra-mukti)に至るまで列挙され、最後に、常に読誦・聴聞する者に享受(bhukti)と解脱(mukti)を約するファラシュルティを述べるとともに、ヴァースデーヴァおよび関連形相の規定礼拝は一つの一貫した規則に従い、作法を混用してはならないと戒める。