
本章の主題は、祭儀空間において光明・主権・ヴィシュヌの世界を定める三歩によって宇宙秩序(ṛta)を確立し、そこから守護・繁栄・明晰な知覚を得ることにある。副主題として、アーディティヤ/光(jyotis)を道徳的・認識的な照明として捉えること、悪夢・夜の恐怖・魔的圧迫・敵対的言辞への防護(rakṣā)、神々がすでに勝ち得た利得を「授与」する増益(paustika)、ヴィシュヌ=ヴァルナを地域の固定者・法(dharma)の執行者とすること、イḍāを浄化する繁栄と誓戒(vrata)の支えとして讃えること、さらに祭具・祭壇などのための鎮静(śānti)が述べられる。
この一頌の讃歌は、唯一にして遍在する主宰――スーリヤ/アーディティヤとも、一元的な「パティ(主)」原理とも読まれる――を讃える。あらゆる存在は「言葉とともに」その御前に集い、承認を捧げる。そこでは、つねに「新来の者」を受け入れ、世界の運行を一つの軌道に沿って回転させ続ける太古の主権が確言され、誦者を秩序ある反復(ṛtaに似た規則性)と繁栄へと結びつける。
この短い二詩節の讃歌は、光明/アーディティヤ(Jyotis/Āditya)を、宇宙的・道徳的・知覚的な力として招請し、視界を澄ませ、行いをṛta(秩序ある正しさ)にかなわせることを願う。「光」をダルマの規定のうちに据え、暁から太陽へと高まる勢いと結び合わせることで、本讃歌は護りと癒やしの呪力として働き、闇・混迷・敵対的影響を払い、時宜にかなった繁栄(とりわけ牛群/財)を支える。
AVŚ 7.23は、夜の災いと心身にまたがる諸苦をひとまとめに狙う、簡潔なラクシャス駆逐(rakṣoghna)の呪章である。悪夢、「悪しき生」、魔的な圧迫、敵意ある言葉を名指しし、アヌシュトゥブ(anuṣṭubh)調の一節の宣言によってそれらを追放する。目的は、安らかな眠り、活力、そして言語・社会的な安寧の回復にある。
この一頌から成る増益(Paustika)の讃歌は、「神的承認/成就」(saṃkalpa-siddhi)を求める祈願として機能する。すなわち、神々がすでに祭主のために勝ち得、あるいは見いだした利得が、正式に授与され、揺るぎなく確立されるよう願う。正しい秩序を定め、同意を促す力としてのサヴィトリ(Savitṛ)に、プラジャーパティ(Prajāpati)とアヌマティ(Anumati)を併せて請い、繁栄・成功・吉祥な結末を「堅く据えよ」と祈る。
この二句から成る短い讃歌は、宇宙秩序を支える一対の主として、ヴィシュヌとヴァルナをともに招請する。彼らは「諸方を堅く定め」、抗しがたい力とダルマによって万有を統べる。アタルヴァヴェーダ的用法では厄除け・鎮静のための護符的讃歌であり、儀礼空間と方位をその無対の主権に合わせて整えることで、誦者の周囲の世界を安定させ、乱れ・恐怖・敵対する力を退ける。
AV 7.26 は、リグ・ヴェーダの名高いトリヴィクラマ讃歌を、空間を定着させ、居住を確保し、敵対する力を押し退けるためのアタルヴァ的呪法として作り替えたものである。毗湿奴の三つの宇宙的歩み——それによって諸世界が支えられ、所を得る——を想起することで、この讃歌は施主の「歩みを据える」:境界は堅固となり、住まいは広く(uru kṣaya)、祭儀と生業を妨げる障碍は追い払われる。四方から富で手を満たすというパウスティカ(繁栄・定着)の志向は、ラクショーグナ(厄除け・防護)と不可分であり、繁栄とは守られた安定的な空間秩序として構想されている。
この一頌の讃歌は、イḍā(Vaiśvadevī)を、浄めと繁栄をもたらす臨在として据え、彼女が祭祀(yajña)に「寄り添って立ち」、誓戒(vrata=秩序ある遵守)によって祭主を包み護ることを語る。彼女を「ギーを足とし、ソーマを背に負う者」と描くことで祭場を聖別し、礼拝者を清め、祭祀を不安定にしうる不浄や敵対的な力を退ける。
この一詩節のみの讃歌は、祭祀の技術的手段――ヴェーダ/知、薪割りの道具、斧、そして祭壇の場(ヴェディ)――を清め、準備の過程に過失や災いが起こらぬようにする簡潔なシャーンティ(鎮静・鎮護)の祈りである。諸器具とヴェディの上に「スヴァスティ」(吉祥・安穏)を繰り返し据えることで儀礼の危険を除き、結びに、祭を愛する神々が供物を受け取り味わうよう直接に願い求める。
この短い二頌の讃歌は、双神アグニ=ヴィシュヌを招いて酥油(ギー)の供物を運び、また味わわせ、家の火から神々の界へと供献が正しく届けられるようにする。さらに「ギーの秘められた名/道」を讃え、アグニの舌がそれを上方へ伝えることを願うことで、このスークタは儀礼を行う家ごとに備わるとされる「七つの宝」をもって象徴される、完全な家内繁栄の成就を目指す。
この一頌のみの治療・護身(bhaiṣajya–rakṣā)讃歌は、アンジャナ(añjana、眼用の軟膏/コーリリウム)を聖別し、宇宙的・祭司的諸力の承認によってそれを「よく作られた」(svākta)ものと宣言する。天と地(Dyāvā-Pṛthivī)、ミトラ(Mitra)、ブラフマナスパティ(Brahmaṇaspati)、サヴィタル(Savitar)を薬の作り手として招請することで、調合を欠陥なき有効なものとし、目を襲う害――とりわけ悪意ある影響や邪眼のまなざし――から守護することを目的とする。