Adhyaya 37
Vishnu KhandaVenkatachala MahatmyaAdhyaya 37

Adhyaya 37

本章は、バールァドヴァージャ(Bhāradvāja)が、ハイハヤ(Haihaya)系の王シャṅカ(Śaṅkha)という模範的な王の信仰を語る。王はヴィシュヌ(Viṣṇu)への一途な帰依に生き、常の想念、ジャパ(japa)、プージャー(pūjā)、ヴァイシュナヴァ系プラーナの物語を敬虔に聴聞することを怠らない。さらに布施、誓願、そして大いなる祭祀(yajña)を正しい供養金(dakṣiṇā)とともに行うが、なお直接のダルシャナ(darśana)を得られぬことを嘆き、過去の覆いの残滓ゆえと受け止める。 そのときケーシャヴァ(Keśava)が姿なき声として告げ、ヴェーンカタナーマ・アドリ(Veṅkaṭanāma-adri)こそ主が殊に愛する住処であり、そこで持続するタパス(tapas)の後に神は可視となる、と期限を示す。シャṅカは子ヴァジュラ(Vajra)に統治を託し、ナーラーヤナギリ(Nārāyaṇagiri)へ赴いてスワーミー・プシュカリニー(Swāmi-puṣkariṇī)に出会い、その岸辺に修行の庵を結ぶ。 同時に、ブラフマー(Brahmā)の命により聖仙アガスティヤ(Agastya)も来訪し、山を周回し、スカンダダーラー(Skandadhārā)を含むティールタ(tīrtha)を巡ってゴーヴィンダ(Govinda)を礼拝するが、当初はなお見神に至らない。やがてブリハスパティ(Bṛhaspati)、ウシャナス(Uśanas)、そしてラージョーパリチャラ(Rājoparicara)というヴァス(Vasu)が神意を伝え、ヴェーンカタにおいてゴーヴィンダがアガスティヤとシャṅカの双方に顕現し、その時集う者たちも共にダルシャナを得ると告げる。章末、アガスティヤ一行は山の吉祥なる自然を観じつつスワーミー・プシュカリニーの岸へ至り、シャṅカは儀礼の敬意をもって迎え、キールタナ(kīrtana)を中心とする共同のバクティを捧げる。

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