यह सोपान ‘एकाग्र-भक्ति’ का द्वार है: साधक-चित्त (हनुमान) को ‘राम-काज’ में स्थिर कर, अविद्या/विघ्न (सुरसा, सिंहिका, लंकिनी) लाँघकर ‘सीता-दर्शन’ (आत्म-शुद्धि व परम-लक्ष्य की स्मृति) तक पहुँचाना। सुंदरता यहाँ बाह्य नहीं, ‘भक्ति की शुचिता, बुद्धि की चपलता, और नाम-स्मरण की अखंडता’ है।
『スンダル・カーンダ』の主要な रस(情趣)は、「ヴィーラ(勇)」と「バクティ(信愛)」の合流であり、その内に「カルナ(哀憐—シーターの哀切)」と「アドブタ(奇瑞—ランカーの栄華/マーヤー)」の波が絶えず立ち上がる。この一節は、静謐でサンスクリット的な讃嘆から始まり、ただちに修行の歩みへと転じる。ジャームヴァントの教誨は「シュラッダー(信)」を呼び覚まし、ハヌマーンの跳躍は単なる「武勇」ではなく、「ラーマ想念に包まれたカルマ・ヨーガ(行の道)」である。スルサー/シンヒカーのような障碍の相に勝つことは「 बुद्धि と बल(智慧と力)」の試金石であり、信愛における विवेक(分別智)の位置がここに明らかとなる。ランカーの描写はマーヤーの豪奢を映す鏡となって離欲を強め、ヴィビーシャナの家に響く「ラーマ名号」はサードゥ・サンガ(聖者の交わり)の徴—阿修羅の国にも灯るサットサンガの灯火—である。ついにアショーカ園でのシーター拝見によりカルナ・ラサは頂点へ至る。修行者は己の内に「ディーナター(卑下・無力の自覚)」を見いだし、そのディーナターのただ中で名号帰依の甘露を得る。
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