
The Greatness of Tulasī and the Merit of Honoring a Guest (Atithi-dharma)
ジャイミニはスータに、トゥラシーの罪滅ぼしの力と、客人を敬う功徳の大きさを改めて詳しく語るよう求める。スータの語りの枠を通して、ヴィヤーサは、トゥラシーはマハーラクシュミーそのものであり最上の吉祥であると説く。死の時にトゥラシーに触れること—葉を浸した水や葉で濾した水、ティラカ、葉を口・頭・耳に置くこと—は、罪ある者さえもハリ(ヴィシュヌ)へ導く。 続いて章はアティティ・ダルマ(客人の法)へ移る。パヴィトラとアーナパティヤは聖者ローマシャを手厚く歓待し、ローマシャは「客人はブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌの顕現である」と確言する。さらに「アティティ」の定義と作法が示され、予期せぬ訪れ人は、いかなるヴァルナの者であれ、また蔑まれがちな人々であっても敬い施すべきであり、これにより無量の功徳を得るが、怠れば積んだ功徳が失われると強調される。 飢饉の時代の譬えでは、貧しい夫婦が客に食を施してヴィシュヌに到達する。最後に、殺された鼠がトゥラシーの葉の接触とハリの御名によって解脱し、トゥラシーの救済力が重ねて示される。
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